脳損傷・高次脳機能障害
   サークルエコー
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SSKU

vol.29(2007年8月号)

 

 

サークルエコーとは
事故や病気によって脳にダメージを受けると、
新しいことが覚えにくくなったり、
意欲が低下したり、
感情のコントロールが難しくなるなどのため、
社会生活の様々な場面で
問題が生じることがあります。
このような後遺症を高次脳機能障害といいます。
目に見えにくい障害のため、
社会の理解を得にくいこと、
したがって現行の福祉制度を
利用することが難しい点が
大きな問題となっています。
サークルエコーは、
高次脳機能障害をとりまく問題の中で、
特に日常生活に「介護」の必要な
重度の障害について取り組んでいます。
  目次
特集
   
家族の心のケアに焦点をあてた取組みが必要
ニュース
   
TKK がシンポジウムを開催  

連載
  ・心のファイルから
    
24 時間戦えますか
  ・喜怒哀楽

 

 

NEWS 東京高次脳機能障害協議会

TKK がシンポジウムを開催

2007 年 7 月 8 日、日本財団でシンポジウム「ここからつくろう! 支援と啓発 〜オーストラリアの実践から学ぶ〜」が開催された。シンポジウムは2部構成になっており、第1部はクイーンズランド脳損傷協会 (BIAQ) の最高経営責任者であるジョン・ディキンソン氏による「脳損傷者・家族のニーズにどう応えるか」。第2部は、医療、行政福祉専門家によるディスカッションが行われた。申込者は予想を遥かに上回り、第2会場を用意するほどの盛況ぶりだった。


TKK 初のシンポジウム開催
 TKKは、1年の準備期間を経て2003年6月に東京都内の家族会6団体で設立、4年目に入った現在では、家族会と支援組織計10団体へと成長した。準備期間中から東京都の高次脳機能障害支援モデル事業に協力したり、行政、医師会などへ要望を提出したりするなどの活動を中心に展開していたが、今回初めてシンポジウムを開催した。
 開催に先立ち、シンポジウムの総合司会を務めた東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション医の橋本圭司医師は、「高次脳機能障害の評価(診断)できる病院は増えてきました。でも、その先のことになると、どこもアタマを抱える状態です。診断後、“リハビリテーションをやる”“地域(社会、学校)へ戻る”といった今後の道筋を当事者へ示せるコーディネーターがいないのです。つまり、障害による問題は提示できるけれど、解決策を提示できないのです。モデル事業により、高次脳機能障害者への支援の問題点はすでに明らかにされています。これからは具体的な解決策について語り合うべきです。今回のシンポジウムでは、それぞれが具体的に行動に移せることは何かについて考えたいです」と語っていた。
 今回のシンポジウムの参加者は、40%が当事者・家族、45%が医療・福祉・行政関係者だった。橋本圭司医師が話している「具体的な支援策について考えていく」という今回のようなシンポジウムこそが、医療、福祉、行政関係者からも求められていたのかもしれない。


東京都では、サービスの温度差をなくしたい
 シンポジウムは、まずジョン・ディキンソン氏が家族会だった組織が脳損傷者の支援団体にまで成長した経緯、行動障害について講演(詳細は次号に掲載)。
 第2部では、橋本圭司医師、東京都心身障害者福祉センター地域支援課高次脳機能障害者支援担当係長・
田中眞知子氏、社会福祉法人世田谷ボランティア協会ケアセンターふらっと施設長・和田敏子氏、TKK代表・矢田千鶴子氏によるディスカッション「高次脳機能障害の支援と今後に向けて」が行なわれた。
 東京都では、昨年の11月1日から都道府県が行う高次脳機能障害支援普及事業の支援拠点の活動を開始。事業内容は@相談支援事業、A支援のネットワークづくり、B人材育成、広報・普及啓発。とくに電話による相談は、昨年半年間で340件ほど寄せられ、うち
60%が当事者や家族、約35%が、関係する機関・その他だったという。現在、各都道府県に、1カ所以上拠点を作るということになっているが、東京都の場合、一つの拠点機関がどこにでも出向いて、相談を受け、サービスをつなぐというのは、物理的に不可能なため、東京都では、住民に身近なところで相談を受け、サービスが展開できるようにしたい。そのためには、研修会やネットワークづくりの会議を立ち上げるなどをして、サービスの温度差をなくしたいと語った。


私たちにできることは何か
 ケアセンターふらっと施設長・和田敏子氏は、自分たちが住んでいる地域のボランティアが互いに支えながら、解決できる問題は解決していけるような支援態勢を作るのを目的とし、「高次脳機能センターwith」という構想を立ち上げたと語った。実現すれば、まさに地域密着型の機能センターが誕生することになる。
 TKK代表の矢田千鶴子氏は、行政に何かをやってくれと要望するだけではなくて、自分たちにもできることはあるのではないか、自分たちが経験してきたことは、自分の家族に活かすことはできないが、同じような症状の家族の力になれるのではないか。家族のためにできることを一つずつトライしていくために、TKKはNPO法人を立ち上げ、家族会よりも信頼される団体となり、家族、医療・福祉関係者だけではなく、地域や企業などとの関わりをつくり、ネットワークを広げていきたいと語った。そして、家族の声を伝えるようなパンフレット、たとえば、急性期の頃に、家族の共有できるような思いが伝わってくるもの、ある程度よくなってきたときにはこんなものがあれば便利だというのがわかるリーフレットをつくっていきたいと語った。


TKK の多様性を活かした活動を!
 高次脳機能障害のある人は、それぞれの障害、それぞれの家庭背景などにより求めるニーズは異なる。さらに、若年か高齢かによっても、求めるものは大きく変わる。それゆえ、東京では、脳血管障害を中心とした「高次脳機能障害と家族の会」、脳外傷を中心とした「脳外傷友の会 ナナ 東京地区会」若い人の活動の場をつくるために集まった「ハイリハ東京」、リハビリが行なえるのが魅力の「調布ドリーム」、低酸素脳症者を中心とした「サークルエコー」など、さまざまな家族会がある。
 それら特徴のある家族会が手を結んだTKKは、高次脳機能障害全体を網羅した発言、要望ができるのが大きな強みである。
 橋本圭司医師も、「TKKは多様性がある。だからリアリティーと説得力のある行動ができる」と語る。TKK代表の矢田千鶴子氏は、「TKKは高次脳機能障害のことをもっとたくさんの人に知ってもらうための行動を起こしていきたいです。高次脳機能障害は、交通事故や脳卒中など原因はさまざまで、明日なるかもしれない障害です。誰もが、突然、背負わなくてはならなくなる可能性があるのです。それなのに、知られていないから、突然高次脳機能障害になったとき、誰にも話すことができない。家族は誰の手を借りることもできないのです。今後、家族がそのような状態に陥らないようにするためにも、社会への認知度を高めたいのです。家族が、当事者がこんな障害があるんだよと、社会へ広めてもらいたいです」と語る。
 社会財産が少ない、予算の少ない地方では、高次脳機能障害者を支援するためのサービスを提供するには、それが本当に生きたサービスなのかという情報を欲する。TKKがNPO化することによって行政と手を組み、有効なサービスが提供できれば、地方はそれを見習うことができる。
 今後のTKKの活躍に期待したい。
(文責・編集担当)

 

理解を求めて 〜会員の広報活動〜
原稿
伊地山敏・ユウコ「高次脳機能障害は人それぞれ違うから理解という名の愛がほしい」
    ( 報告書 : 高次脳機能障害に関する研究委員会 / 日本成年後見法学会 2007 年 3 月 )
講師
伊地山敏・ユウコ「若年の高次脳機能障害者への理解と地域生活支援」
         ( 浦和大学にて 笹尾氏の講演に参加 2007 年 7 月 3 日 )

 

特集
家族の心のケアに焦点をあてた取組みが必要

東京都調布市 伊地山和茂

2年前(2005年)の5月にオーストラリアのメルボルンで開催された第6回脳損傷世界大会に参加した際、「外傷性脳損傷後の家族の問題」と題した講演を聴いた感想をご紹介します。
 

「躾」による対応は、無力である
 親は子供に、健やかに元気で明るく育って欲しいと願うものです。しかし、日々の暮らしは平坦な道のりとは限りません。ときに、困難や災難に見舞われます。子供が突然障害者になったとき、また違ったたいへんさが襲いかかります。
 脳を受傷後、家庭に戻った当事者は、家族に守られ、献身的な介護や見守り・リハビリテーション治療を受けているのが実状で、また、家族の支えがなければ対応と回復が困難です。高次脳機能障害は障害の全体像を理解し、当事者の感情の痛みに配慮することが回復に繋がります。 当事者の感情に寄り添えるのは、発症前からの当事者を良く知る家族です。だから、家族が重要な役割を担うのです。我が家は高次脳機能障害と向き合って10年となりました。一番たいへんだった時期は、事故後の生命の危機を脱し、体力の回復からおよそ3年が経過したときでした。その大変さは、突然やってきました。
 娘は感情のコントロールがきかなくなり、大声を出すようになりました。当時の私たち家族は右往左往するばかりでした。前頭葉が損傷し、混乱した娘に対し、教育や躾などの一般常識による対応は無力であり、ムダでした。結局、本人の怒りを鎮められたのは、家族にしかできない包み込む寛容さと、その子のためにどうすればよい状態になるか、五感をフルに働かすことでした。とはいえ、問題行動は一過性であること、本人が変わってしまったのではなく「高次脳機能障害」が問題行動に走らすのだと心底わかるまでには時間がかかりました。
 どんな状態になってもあきらめず、当事者の回復を信じられるのは家族なのです。信じることが当事者に伝わり、当事者は改善していくのです。

家族の心のケアに焦点をあてた取組みが必要
 2年前(2005年)の5月にオーストラリアのメルボルンで開催された第6回脳損傷世界大会に参加した際、「外傷性脳損傷後の家族の問題」と題したメリー・アン・マクロール氏(カナダ・クイーンズ大学)の報告がありました。
 回復をあきらめられない家族と当事者との関係をどう築いたら良いものか? 悩む家族にとって示唆に富む内容でした。報告の概要を読者のみなさんにお伝えしたいと思います。山口律子氏同時通訳時のメモからまとめてみました。ここでの焦点は、問題行動についてでした。ポイントは以下の7つです。

@サポートをする家族と専門家との関係を築くことが大切である。
 我が家の場合、ときおり行なう神経心理学的検査の結果をみて、医師は家族にアドバイスをくれました。「注意力検査に食い下がるようになってきました。生活にバリエーションを持つといいですよ。いい環境を整えると辛いことも耐えられるようになります。叱るより褒めてください」。医師の言葉から家族は障害を理解し、対応を変えることで、娘も家族も生活しやすくなりました。当事者に対し、親身になる家族と、客観性を持つ専門家が良い関係を築けたと思います。

A受傷後の12カ月が重要である。問題行動が起こるのは受傷6カ月後で、12カ月までの期間をみた場合、6カ月後のストレスが大きい。
「受傷後1年間は初期処置にあたるほど大切な時期であり、この時期の病院、それに続く家族の対応が予後を決める。それほど重要である」という報告がありました。
 私の考えですが、脳損傷の急性期が6カ月(個人差がありますが)、それを過ぎた頃から意識がはっきりしてきます。意識がはっきりしてくるとストレスが溜まる。だから、受傷6カ月後からが大変になります。
娘は、急性期が6カ月であるところは一緒。ですが、ストレスを感じ始めたのが受傷後3年目でした。3年経ってようやく自分の状態に気づきだしたのでしょう。一般よりも遅かったのは、損傷程度が深かったからではないかと思っています。

B当事者と家族の関係が良ければ良い結果が出る。
我が家では、体力的にもだいぶ落ち着いてきた受傷後1年目あたり、家族は以前の娘に早く戻って欲しいと願い、また戻れるものと思い込んでいました。躾も厳しくあたり、「何でこんなことできないの?」という空気が家に溢れていました。その厳しい口調に娘
は戸惑っていたのだと思います。脳が損傷してしまって、いろいろなことができないでいるのに、親はそこが理解できなかったのです。親は躾を、教育をしなおしました。その結果は無残で、良くなるどころか、親と娘の悪循環でしかありませんでした

C障害への理解が、リハビリ回復の成功にとって重要となる。
D家族にとって良いことは、専門家にとって良いこととは異なる場合がある。両者にとっ良いことを作っいく。

 親は「娘が自分自身で多くのことができるようにならなければ手放せない」といったように、子供から離れられないでいます。一方、専門家は「親と一緒の時間を少なくし、囲い込まないでいることにより、社会性も身につく」と考えているのではないでしょうか。
 子供の自立を考えると、親が元気なうちから社会に慣れている必要があるのかもしれません。親が子供を自立させていくポイントは、家族の支えと協力から、職員さんあるいはヘルパーさん、ボランティアさんなどへの受け継ぎのタイミングではないかと思います。

E家族のストレスを除くことが当事者の回復に繋がる
「家族のストレスを除くこと、家族が落ち込まないことが当事者の回復につながる。家族は肯定的、良いことを見るようにしたり、第三者の見方を取り入れることが重要。また、家族との時間の過ごし方が大切で、専門家は家族の誰に働きかければ成功するのかも見る必要がある。リハビリには、家族を巻き込むことが大切で、それはラクになっていくことにつながる。専門家が家族と一緒に解決していくことが重要である」という話に打たれました。
 当事者のよき理解者になれる家族とはどのような人なのかを私なりに考えてみました。
・当事者を信じ、良き理解者になれる
・長期間の地道なケアに耐える持久力を持つ
 損傷から間もない悲惨な急性期に、妻が友人から言われた言葉は「お母さんが笑っていてね。子供に伝わるから」でした。損傷程度の大小とは関係なく、当事者の誰もが「感じる心」を持っていると私には思えます。些細なことでもうまくいけば褒める。すると当事者に伝わります。また、当事者が怒るには理由があるのです。そこをわかってあげる、共感できると、当事者は安心するのです。そして、安心から新たなエネルギーが湧いてくるのではないでしょうか。
 高次脳機能障害のケアには、長期間を要します。ほんの少し改善するのに、時間がかかります。少しの改善にも喜びを見出し、当事者を信じ、前向きになることで、いい結果につながるような気がします。

Fケアする人のストレス軽減方法として
「当事者の回復には、長時間のケアが必要である。ケアの担い手である家族のモチベーションを保つには、家族のストレスをいかに少なくするかが重要となる。ストレスを軽減させるには、社会的なサポートが必要であり、さらに家族への精神面のケアが重要となる。また、家族会との関わり、サポートグループを作るのも一つの手である。ストレスを抜く怒りのマネージメントトレーニングを勧めるのも有効である」
当事者が混乱の渦中に入ったとき、家族は精神的に傷つき疲れます。家族は娘へのリハビリとケアをする一方で、家族の心のケアも同時に実行していかなければ、すべてが回らなくなってしまいます。我が家でも、そういう期間がありました。しかし、その時期を乗り越え、また、地域の福祉センターのデイサービスや作業所、事業所のヘルパーさん等を通じ、社会性が出てきた頃から、娘と家族の別々の時間が持て、家族へのケアはさしてなくても、やっていけるようになりました。社会へ繋げる時期に、高次脳者を理解しようとしてくれる地域の受け皿があったからこそ、いまの状況になれたのだと思います。もし、社会の受け皿がなかったとしたら、たいへんな時期はいまでも続いていたかもしれません。

以上の報告は問題行動に焦点をあてていましたが、それに限らず、当事者の高次脳機能障害の回復とリハビリには、これまではなおざりにされてきた家族の心のケアにもっと焦点をあてた取組みが必要ではないでしょうか? 

 

心のファイルから
24 時間戦えますか

千葉県船橋市・川崎弓子

 
家族の心も萎えるときがある
 一昔前、よくテレビから流れていたコマーシャルである。「そんなことできるわけね〜だろう」と息子は叫び、「俺みたいになるぞ〜」と涙ぐんだ。
「がんばってくださいね」と人は簡単に、何気なく、優しい励ましの言葉としてかけてくれるが、息子の傷つく言葉の一つでもあった。
「他人から言われたくね〜よ。これ以上俺に何をがんばれというんだ。がんばっているか、いないかは俺が一番知っているんだから」と嘆いた。『がんばらない介護』と言う文字が新聞面を飾ったこともあった。
 私も「がんばらない見守り」と自分自身を納得させるには、あまりにも多くの失敗と長い時間を要した。
 「がんばらない」とは我を張るに通ずるようで、あまり良い意味に使われないが、肩の力を抜くこと。それは決して家族としての支へを放棄することでもなく、怠慢でもないと思う。
 15年前の青天の霹靂。「なぜ、我が家が?」に始まり、息子諸共、後遺症への無理解、対応への不安、不満、戸惑い、無念さ、情けなさ、もろもろの感情の爆発で、家族として支へながら生き続ける意味を見失い、その心さえも萎えてしまった。
 このような事態に陥ってしまうと、理解ある医者がいるとか、良い支援と制度の話を聞かされても、日々の生きていく事のみに追われ疲れ果て、相談窓口に行く気力、体力さえも無くし欝状態に陥ってしまった自分が居た。
 最初に必要なのは家族として、現実を受け止める心の余裕と休息だと私は思う。
 この受傷間もない、家族がまだ混乱している時期、行政の支援をお願いしたい。
 「支える人の意欲、気力の心を興す」の為に家族に少し
 休む時間をください。ほんの少し他の方の支えと、知識と知恵を借してください。支え続ける事には誰からも認められない(家族だから当たり前)、忍耐と孤独で地道な努力の日々であった。暗中模索、試行錯誤の日々が長く続くと、「これが本当に回復に繋がるのか?」と思わずにはいられない。
 しかし、良い結果が出るとしても、ずーと先のこと。一方、悪い結果は直にでる。それゆえ、無駄な努力ではと疑心難儀にゆれる思いの日々でもあった。社会からの疎外感と、どこかにいるであろうリハビリの専門家を見つけられず、手遅れになるのではと焦燥感にさいなまれ続け倒れた。


疲れたら少し休んで、前向きに前向きに......
 振り返れば、まず家族が「後遺症は改善する」と本人を信じることから始まる。すると励ましの掛け言葉の一つにも選ぶようになる。もう駄目だと思いながらリハビリをしても、その効果は疑問で、「もし逆の立場であったならば」と考えたら自ずと支え方も違ってくる。
 人間と他の動物との一番の違いは、「想像力が有り相手を思いやる心を持つ」と以前読んだことがある。
「現状を見失いパニックに陥り、戸惑っている本人の心の闇を理解し、どこまで寄り添えるか」
 そこに家族の役割があると思う。が、現実を受けとめかね、狼狽する私に「親がどこまで本気で自分を支える気があるのか」と、無言のうちに私の人間性、生き様を問われているようだった。
親としての自分を取り繕う余裕すらなく、落ち込んでしまう自分がいた。しかし家族が希望を持って日々の生活を支えていくか否かで、生活のしやすさは、時間の経過とともに格段の差が出てくると15年の体験から実感できる。
疲れたら少し休んで、また新しい問題をはらみながらも前向きに前向きに......。


肩って人に貸すためにあるんだね
 息子は、多くのものを失ったゆえに、鋭くなった洞察力と感性がある。なくしたものを補い、保身のために五感をフル回転させる。これは、誰に言われたものでもない人間の本能だろうか。
「肩って人に貸すためにあるんだね。母さん」
バランスが悪い息子は、靴を履くとき私の肩に手を置きながら語りかける。
 ヘルパーさんと、玄関先で今日の支援について話をしていると、早く出掛けたい息子は、まとまらない話に業を煮やし、「二階から目薬だな」とちゃちを入れ、笑い声を残しながらヘルパーさんと出かけた。
「みんな懸命に努力しているんだよ。でも、報われないことがほとんど。それでも一生懸命やるんだよ。それは俺」と笑いながら話す。
 地域支援になり、「生活の基盤は家族が」というのが私の願いである。また「母さん、俺、実家に戻ってきたんだね。帰る家があって良かった」と、いまだに確認をし、安堵する息子の願いでもある。
 幸せの有り様、家族の有り方等はそれぞれであるが、皆が自分に与えられた条件の中で「自分と家族」を開放するチャンスを行政の支援にお願いしたい。
 15年前「母さん、俺を見捨てないでね」「俺に懸けるのも一つの生き方だ」と泣いた息子。その後1〜2年はほとんど言葉を発しなくなったが......。
 いま萎えそうになる心を励ましてくれるのは、息子のあのときの姿と言葉であり、優しさ、思いやりは身体を使って伝えるものと再確認して15年めを迎えた。

 

ユタカさんのサポートをしている
渡辺 敏江さんからのお便りです!
ユタカさんとの 15 分間のエピソー

ユタカさんは週に1度通所施設に行きますが、私は車で送りだけをお手伝いしています。朝の15分程のお付き合いが、この夏で2年になります。
私はNBFハンドレッドサンクス委員会という障害のある方のサポートをするボランティア団体に登録しています。私より以前に3年程同会の男性がお手伝いをしていましたが、私にバトンタッチしました。ユタカさんは月2回程プールで泳いでいますが、そのときは同会の男性ボランティアがサポートしています。
 高次脳機能障害とはどんな障害なのかしらと思いながら初めてユタカさんにお会いした日のことを思い出します。ユタカさんが車に乗り、送り出すとき、お母様が「今日1日良い日でありますように」と手を振ってくださいました。毎回必ずこの言葉に息子さんへの深い愛情を感じ、感激しました。最初は彼とどのようにコミュニケーションをとったらよいかわからず、いろいろ質問をしてみましたが返事はありません。
 次回からは車窓から見える、車や花 看板等について私が独り言のように話していると、何と「この車はこ(小)ベンツ」「○○化粧品は高いんだぞ」看板に書いてある漢字を「何て読むか」と質問されたり。そうかと思えば、15分でたった一言「うん」という返事が1回だけという日もあります。今年の3月末のことでした。
「桜が咲きそうですね。来週は見頃になるかなあ」と私が言うと、突然ユタカさんが「梅は咲いたか桜はまだかいな」と唄うので「粋な唄を知っているのね。これ知っているかな? 桜切るばか、梅切らぬばかと言うことわざ」。すると、ユタカさん大笑い。この日は話が弾みました。
 施設の駐車場から玄関まで5分程歩くのですが、必ず2人で歌を唄います。歩き始めるとユタカさんは手拍子の用意をして「何歌うの?」という感じで私の顔をのぞきこみます。
 私は童謡サークルに入っているので歌うことは大好き。車から降りて感じた季節に風、空の色、花や虫をヒントに歌い出すとユタカさんの相の手が入ります。リズムの取り方が絶妙なのです。
 ときどき彼も歌います「遥かな尾瀬〜」で二部合唱になることも。『千の風になって』を歌ったときとき、彼はべそをかきました。詩の内容を敏感に感じとられたようです。
 あるとき、ラジオから流れた曲で「あら素敵な歌ね(詩の内容が)」と言ったと同時に、彼がべそをかきました。言葉にはとてもナイーブな面を持っておられるユタカさんです。
 ユタカさんが倒れてからご家族のご苦労は、とても私共の想像のおよばない連続であったことと思います。お母様の「今年は15年目に入りました」という言葉をとても重いものとして受け止めました。
 ユタカさん、来週もあなたの笑顔に会いに行きます

 

中学生の頃からひばりファン
「ひばりカフェ」が店じまいしていたのが残念!

ユウコさんが、2007 年 5 月 15 日(火)に、調布市の福祉協議会が主催した外出訓練に参加しました。
これは、調布在住の若い障害者のレクリエーションの一環として発案されたものです。その日のことをユウコさんがレポートしてくださいました。

 

スケジュール
10 時   調布駅北口集合(4 名集合)
10 時 30 分 新宿駅西口集合(3 名集合)
12 時   お台場到着 食事、ひばりカフェ、買い物など
14 時 30 分 お台場出発
16 時    新宿駅解散
その日のお天気は、快晴だったので帽子をかぶって出かけました。お台場について台場1丁目商店街にいる間、雨でした。
 お昼を食べて帰るときに、晴れました。お昼に700円のふあふあ卵のオムライスを食べました。おいしかったよ〜!
 お台場に行ったメンバーは、車いすの女性、車いすの男性2人、私、20代のボランティア3名ほか、全部で8名くらいで行きました。移動の前にお手洗いに行きました。朝、10時に調布駅に集合。電車でお台場へ向かいました。
 最初に「ひばりカフェ」に行こうと思ったのに、「ひばりカフェ」は連休頃に店じまいしていて、残念でした。私は中学生のころからひばりファンです。私はひばりの歌う「川の流れのように」が好きです。
 楽しかったです。また、こういうのがあるといいです。みんなも楽しそうでした。
 ムダなものは買わないようにしました。おみやげに、ミニマンゴープリンだけ買ってきました。

 

ツネヨさんが通っている
デイセンター「ふれあい」の
津田さんからのお便りです!
 


料理や掃除の場面では、経験が
生きていることを感じさせられた
 
ツネヨさんは、平成17年12月から東京都吉祥寺のデイセンターふれあいへ通所されています。早いものでもう1年半が過ぎました。
 ツネヨさんは静かな雰囲気の方ですが、「昼食つくり」の活動では、始めから食材を包丁で細かく切ったり、てきぱきと手を動かしたりしています。活動室を掃除するときも、長い時間テーブルや床を磨いています。それは、毎日の経験の積み重ねが生きていることを感じさせられる場面でした。
 今年度は新しい活動を少し加えています。休み時間に絵を熱心に描いている姿を見ることがあったので、絵手紙の活動にも参加していただくようにしました。お友だちのこと、花の絵など、ハガキを前にイメージが膨らんでいくようで、絵と言葉をどんどん描いていくツネヨさんです。
 また、カラオケの活動も取り入れました。ご主人から教えていただいて曲を入れると、メロディにのって歌っている、小さくもやさしい声を聞くことができました。
 ふれあいの他の利用者の方にも声をかけてくださったり、外を歩くときは車いすを押そうと手を差し伸べてくれるツネヨさんです。
 これからも、ふれあいで楽しい時間を過ごしていただければ……と思います。

 

サークルエコー行事&会合報告
5/11 サポート研・調査班……池袋・立教大学(田辺)
5/17 会報 28 号印刷……多摩スポーツセンター(西田、伊地山、高橋 2、田川 2  計 6 名)
5/17 TKK シンポジウム 配布資料担当(池田氏)と打ち合わせ……狛江 (田辺)
5/19 えこーたいむ……(西田、伊地山、高橋 2、田川、大島親子、高橋ま、廖  計 9 名)
5/20 横須賀家族の集い・マリン横須賀・・・浦上台障害者相談サポートセンター(田川)
5/21 TKK シンポジウム第 4 回実行委員会兼定例会…… 調布市総合福祉センター (田辺、高橋 2)
5/26 シンポジウム「地域でくらす〜スウェーデンの実践」……調布・電気通信大 (田辺、伊地山 3、高橋 2)
5/29 TKK シンポジウム・懇親会場下見……赤坂・日本財団他 (田辺)
6/2 えこーたいむ……(西田、伊地山、高橋 2、伊藤  計 5 名)
6/7 TKK シンポジウム第 5 回実行委員会……調布市文化会館たづくり (高橋 2)
6/8 山梨県庁訪問・担当課長補佐に助成事業についての話および 
8/5 シンポへの協力要請……山梨県庁(村田淑 2、湯村温泉病院赤池 ST、日本脳外傷友の会会長と共に訪問)
6/15 サポート研・調査班……池袋・立教大学(田辺)
6/16 えこーたいむ……(高橋 2、村田道  計 3 名)
6/17 横須賀家族の集い・マリン横須賀……浦上台障害者相談サポートセンター(田川)
6/23〜24 息抜きタイム……熱海(川崎、伊地山、豊田 2)
6/26 日本財団との会場設営等打ち合わせ……赤坂・日本財団(高橋)
6/27 TKK シンポジウム配布資料校正……ひとまち社(田辺)
7/1 脳外傷友の会みずほ 10 周年特別講演にフレンズ実行委員参加……名古屋・中区役所ホール (豊田 3)
7/2 講演会「高次脳機能障害を理解するために」…… 世田谷総合福祉センター (伊地山)
7/3 講演会「若年の高次機能障害者への理解と地域生活支援」……浦和大学(伊地山 2)
7/3 TKK シンポジウム・代表と打ち合わせ……狛江(田辺)
7/4 高次脳機能障害支援普及事業平成 19 年度第 1 回地方支援拠点機関等全国連絡協議会……国リハ(伊地山 2)
7/5 TKK シンポジウム第 6 回実行委員会……赤坂・日本財団(高橋 2)
7/7 えこーたいむ……(伊地山 2、高橋 2)
7/8 TKK シンポジウム「ここからつくろう ! 支援と啓発」……赤坂・日本財団 (田辺、西田、伊地山 3、高橋、田川 2、大島 2、高橋ま  計 11 名)
7/18 第 1 回高次脳機能障害者相談支援体制連携調整委員会……都身障 (田辺)
7/19 サポート研・調査班……池袋・立教大学 (田辺)
7/21 えこーたいむ……(伊地山 2、高橋 2、村田道  計 5 名)
7/24 TKK 定例会……調布福祉センター (田辺、高橋)
7/27 北多摩南部高次脳機能障害者支援地域ネットワーク連絡会 ……武蔵野日赤 (田辺)
7/28 損保ジャパン「記念財団賞受賞者記念シンポジウム」……虎ノ門パストラルホテル(田辺)

 

喜・怒・哀・楽

みなさまからのお便りコーナーです。
伊地山までお寄せください。

ケアする人のケアの必要性
息抜きタイム第2弾(in熱海)

川ア弓子 豊田幸子 伊地山敏

高次脳機能障害者には長期にわたるリハビリやケアが必要です。そのケアを担うのは、事故当時や発症以前からの当事者を良く理解している家族です。
 発症直後はベッドに横たわる当事者の看護をすることに張り詰めていますが、看護の時期が過ぎ、介護・見守りやリハビリ生活を数年、10数年と続けると、いくら家族だからといっても身も心もすりきれてしまいそうです。
 当事者と家族が生活していくことへのモチベーションを保ち続けるには、地域の方々の理解あるご協力&サポート。それと、もう一つ、「同じような経験、悩みを持つ当事者家族同士が、思いを共感すること」ではないでしょうか?
 全国に会員が散らばるエコーでは、その当事者家族の集まる機会はめったにありません。3カ月に1回、いえ、半年に1回でもケアする家族同士が集える場を持てたら、モチベーションがもっとあがるのでは……。
 そんな想いで企画した今回の「息抜きタイム第2弾 in熱海」。
 参加者の感想では、精神面のケア、ケアする人へのケアの大切さが浮かび上がってきました。
参加者の感想より

 しばらくは声が出なかったのに、声が出るようになった。前よりは5分長く記憶が保持できるようになった……。
 こういうことは、もしかして関心の向かない人から見れば、たったそれだけのことなのかもしれません。
 でも、私たち家族同士で話をしたら、当事者の小さな変化の奥にある半年〜数年の時間の経過を読み取ることができるのです。
 みんなで話をしていると、自分の経験してきたことと重なり、耐えながら、楽しみながら、当事者とともに励んできた記憶が走馬灯のように浮かび、共感しあえました。


 今回の「息抜きタイム」に私が参加したのは、「何かを相談しよう」ではなく、現状から離れるための時間がほしかったからです。 あの夜の話は、あちこちに飛びながら、元に戻ったりして、話題に一貫性はありませんでした(当事者の後遺症の違いから一貫性がなかったのでしょう )。
 しかし、家族が支えるべき役割を第一に考え、実行している人の失敗談、成功談などを共感できる人に取り合えず聞いてもらい、自分の癒しにしたかったのです。
 そして、また前向きに支える自分を取り戻し、自分のご褒美の時間にしたかったのです。


 自分がこんなにも、おしゃべりだったとは、気が付いておりませんでした。もう夢中で話していたと思います。
 今回は 観光はゼロ。 
 でも、同じようなものを大切に感じているお二人と、美味しいものをいただきながらのミーティングは、得るものが多かったし最高。
 まだ眠っている息子の能力を呼び戻すヒントをありがとう! ムダな経験は一つもないと確信しましたので、息子を信じ、地域での自立に向けて、私の「黒子修行」を始めます。請うご期待!?


 楽しかったですね ! 誰にも遠慮せず、思いのまま話ができる心地よさは、病みつきになりそうです。
 自分の心を解放して、しゃべることでケアができている。
 話しているときには夢中で、ケアになっているとは考えてもいなかったのですが……。
 心が軽くなって娘にもやさしくなっている自分がいました。


 今回の「息抜きタイム」で、家族の悩みを相談したり解決できた訳では有りません。
 当事者から離れ、ゆったりとした時間の中で、共感できる家族同士が思いのたけを語り合う、ただそれだけのことでした。それだけのことでしたが、心が癒され、"また明日から頑張ろう!"と思える力が沸きました。
 ケアする人にも自分を取り戻すゆとりがいかに大切かを再確認した「息抜きタイム(in熱海)」でした。

 

エコー合宿のお知らせ
日 程:2007 年 10 月 13 日 ( 土 )・14 日 ( 日 )
場 所:武蔵野市立 富士高原ファミリーロッジ( 山梨県 富士吉田市 上吉田 4565)
参加費:1 人 3,500 円 (1 泊 2 食・飲み物・お菓子代含む ) ( 日帰り、食事なしの方は別料金 )
合宿は会員とサポーターさん同士だけでなく、外部の先生方同士との交流の場所ともなっております。多くの方のご参加をお待ちしております!

 

フレンズ便り
第 2 年度「瀬戸市市民活動促進補助金事業」に
応募・受託しました !

昨年に引き続き、平成 19 年度の補助金事業に応募、4月の公開プレゼンテーションでは、昨年同様「高次脳機能障害の啓発活動による支援ネットワークづくり」をテーマとし、@「支援ネットワークづくり」の基礎固めができたなど事業実施のきっかけ、A当事者家族の掘り起こし、相談業務の充実等・期待効果、Bモデル的なサービス利用による問題点と対策等・実施内容を発表しました。そして、審査で満額受託できました。  豊田幸子
  ナノ便り

女性の夢の実現応援プログラム 
「AVON Hello Tomorrow」地域・コミュニティ部門で受賞

「ダンス活動を通じてバリアをこえた地域づくりを」誰もが分け隔てなく大切にされ、「おたがいさま」と言えるやさしい街をつくりたい、ダンスを通して高次脳機能障害などを含むさまざまな障がいを持つ人々、高齢者、健常者ともにふれあうイベントを 10 回開催しました。楽曲、衣装、振付はすべてオリジナル。基金助成金 30 万円をいただきました。オリジナル衣装代の一部として使わせていただきます。      谷口眞知子

 

 

今年度も賛助会員へのご協力宜しくお願いします。
年会費(4月〜3月 ) 1 口 2,000 円
郵便振替 00180-0-546112 サークルエコー 
正会員 ( 当事者家族 ) は、入会金1,000円 年会費 3,000 円です。

 

2007 年 8 月〜 10 月 エコー行事予定
・えこーたいむ
9/1、9/15、10/6、10/20
変更の場合がありますので、ご確認ください。・合宿  10/13 〜 14
・パイロットウォーク  10/7
・多摩エコー……随時
・ナノ……随時
・フレンズハウス(瀬戸市)毎週月曜、第 1・3 金曜、第 4土曜

 

えこーたいむ 会場 
渋谷区神宮前 4-8-9  神宮前作業所
地下鉄銀座線 / 千代田線 / 半蔵門線
表参道駅下車 A2 出口 徒歩 3 分

作品募集!
 
・家族、支援者、サポーターの方の「原稿」
・家族の方の息子(娘、夫、妻)が語った、「今日のひと言」
・当事者の方の「原稿」、「絵」、「イラスト」、「詩」、「短歌」、「川柳」、「写真」、「手芸作品の写真」、「私のおすすめの本」、「私のおすすめのテレビ番組」、「お気に入りの言葉」など作品についてわからないこと、送付方法につきましては、編集担当まで
編集後記‡夏休みというと……。私は小学生の頃は毎日プール、中学・高校生になると部活動、その合間に遊びほうけ、宿題は夏休み最後の3日間で仕上げていました。その習性はいまだ変わらず、お盆は姪・甥と遊んでいたため、会報の編集が遅れた次第です。原稿をくださったみなさん、印刷に携わるみなさん、ご心配をおかけしました。ごめんなさい!
☆ホームページ☆ サークルエコー http://www.circle-echo.com