脳損傷・高次脳機能障害
    サークルエコー
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SSKU

vol.27(2007年2月号

 

 

サークルエコーとは

事故や病気によって脳にダメージを受けると、

新しいことが覚えにくくなったり、

意欲が低下したり、

感情のコントロールが難しくなるなどのため、

社会生活の様々な場面で

問題が生じることがあります。

このような後遺症を高次脳機能障害といいます。

目に見えにくい障害のため、

社会の理解を得にくいこと、

したがって現行の福祉制度を

利用することが難しい点が

大きな問題となっています。

サークルエコーは、

高次脳機能障害をとりまく問題の中で、

特に日常生活に「介護」の必要な

重度の障害について取り組んでいます。 
 

目次

 

 

特集

2 回 クイーンズランド報告書

   脳損傷者を支えるために

ニュース

11 回東京都障害者福祉交流セミナーが開催

  高次脳機能障害は人それぞれ違うから、

  『理解という名の愛がほしい』

レポート

毎年恒例 クリスマスパーティ!

連載

心のファイルから

喜怒哀楽 

 

特集 第 2 回 クイーンズランド報告書

脳損傷者を支えるために

田辺和子

厚生労働省が 2004 年に発表したグランドデザインでは、「重度の高次脳機能障害者が制度の狭間になっている」と指摘されている。高次脳機能障害支援モデル事業では、「生活・介護支援」を柱の一つに掲げているが、先の指摘のとおり、重度者の支援についての検討は課題として残された。田辺代表が 2006 年 3 月、日本損害保険協会の 2005 年度研究助成によるオーストラリア・クイーンズランド州の脳損傷事情の視察に参加した。前回の報告書では、家族会から脱皮し脳損傷支援の民間組織として年毎に成果をあげてきた BIAQ についてリポートした。今回は、手厚い支援を必要とする比較的重い脳損傷の人たちが入所している「カシュリーナロッジ」と「ジャカナセンター」、そしてオーストラリアの高齢者施設事情を報告する

 

サポートを受けつつ自立を目指す

2000 年に開設された長期滞在型の「カシュリーナロッジ」には、ウィステリア棟とジャスミン棟(各20 床)の 2 つの棟がある。ウィステリア棟は精神の障害と脳損傷を併せもつ人が利用。部屋はすべて個室だが、バスルームは両側の部屋の人が共有する。起床、食事の時間は決められているが、その後は、運動、ボーリング、ウオーキング、クラフト、ガーデニングなど個別のプログラムに参加し、週末は自由にゆったりした時間を過ごす。

ジャスミン棟は、交通事故、暴力などの外傷から脳損傷になった人が入所。滞在期間は半年〜 13 年と多様。退所後は、自宅ではなく半自立の住まいに移ることが多いが、施設での生活が生涯続く人もいる。

ブリスベン郊外の住宅地にある「ジャカナセンター」は、1985 年に設立した病院を滞在型施設(50 床)に改装したもの。入所者はリハビリをして、サポートを受けつつも自立生活ができることを目指している。入所者は、交通事故により脳損傷になった 20 歳代の男性が中心だが、アルコールや麻薬が原因の人もいる。脳卒中の人は比較的年齢が高いのでほとんどは高齢者施設にいくが、若い人ならば入所できる。居室の多くは 4 人部屋。経費は、月額約 480 ドル(年金の 87%)で、障害者のための年金や賠償金で支払う。

このような施設は少なく、両施設とも待機者は多い。

カシュリーナロッジで暮らしている身体的にも重度な障害のある青年は、「以前は高齢者施設にいました。高齢者施設では、毎日、誰かが亡くなりましたよ。でも、ここは退院し、サポートを受けつつ自立を目指す人もいる。ここに移れて本当によかったと思っています」と語った。

ベッドで過ごす彼は、用があるときはナースが廊下を通りかかったときに頼む。顔をドアの先に向け、誰かが廊下を通りがかるのを待つ現在の生活ではあるが、彼の口からは、高齢者施設からここへ移ってきたことの幸運、職員への感謝の言葉があふれていた。

彼が以前過ごしていたという高齢者施設での生活はどのようなものなのだろうか、BIAQ 代表のディッキンソン氏に話を聞いた。

「クイーンズランドには入所施設はこの二つしかないので、入れない人たちは、自宅に戻り家族のケアを受けたり、Open  Minds(地域ケアサービス)に紹介されたり、高齢者施設に入所したりします。しかし、若い人が高齢者施設に入るのは良くないので、適したところに入れるようキャンペーンが行なわれ、施設利用の年齢制限ができました。しかし、実際には10歳の子どもが高齢者施設に入所していたりもします。

高齢者施設は、ジャカナやカシュリーナに比べ、職員が少なくサービスは劣ります。入所者のほとんどは認知症をもつ高齢者で、薬を服用させられている人も多いです。高齢者施設に脳障害の人が入っても十分なケアはうけられません。入所した高齢者の余命は平均

3 カ月といわれています。オーストラリアはこのような高齢者施設をなくすために努力をしてきました。そのため、在宅支援や在宅介護のサービスが以前より充実してきました。高齢者には、施設より尊厳が保てるホステルやリタイアメントビレッジなどもあります。リタイアメントビレッジはお金がかかるけれど、ホステルは年金で十分住めます。ホステルに入居するには家賃が払え、自分のことが自分でできるのが条件です。しかし、介護ニーズが高くなれば、高齢者施設に移らざるをえません」

重度者はどのように過ごしている?

ジャカナセンターやカシュリーナロッジは医療ケアの必要な人のための施設だが、医療ケアは比較的少ないものの、知的には重度な脳損傷をもつというような人たちはどのように過ごしているのだろうか、ディッキンソン氏に聞いた。

「以前は保護作業所というのがありましたが、政府の施設解体の方針でほとんど閉鎖されました。大きな団体に附属していた保護作業所だけが生き残りました。そこは、行動などに問題がなければ脳損傷の人も受け入れています。しかし、利用者の多くが知的障害者ということもあり、中途障害者はあまり行きたがりません。行き場のない脳損傷者の中には、アルコールや法律違反の大麻に手を出す人、行動上の問題のある人、自己のコントロールができず物を盗んだりする人などがいて、刑務所に入ってしまう人もいます。また、ホ

ームレスになってしまう人もいます。

 現在は精神病院がほとんど閉鎖されていることもあり、以前ならそういうところでケアされたはずの人に対する適切なサポートがほとんどないのです」

ディキンソン氏は未だ適切な支援が届かない人たちの実情についても率直に語ってくれた。若い脳損傷者が高齢者施設で暮らす現実があるという文献を事前に読んでいたが、まさしくそのような体験をしてきた青年との出会いもあった。

わが国でも同様の現実があることをサークルエコーの活動を通し、直接間接に見聞きしてきた。このことについては、たびたび問題提起をしてきたが、それらへの取組みは高次脳機能障害支援の中でも特に遅れている分野である。

調査により、不適切な施設で暮らす脳損傷者の実態が明るみになり、新たな取組みへの気運がみられるようになってきたオーストラリアの脳損傷者支援のあり

方は、重度者支援の視点からも大変参考になった。

 

 

 

NEWS  高次脳機能障害は人それぞれ違うから、

『理解という名の愛がほしい』

東京都調布市・伊地山 敏

昨年 11 月 28 日に、東京都庁で、第 11 回東京都障害者福祉交流セミナーが開催されました。今回のテーマは、「高次脳機能障害者の理解と地域連携の充実をめざして』です。午前中は首都大学の渡邉修先生の講演。午後は医師、地域の行政、家族会、主催側をパネリストにしたディスカッションでした。渡邉先生の講演の中で、エコー会員・伊地山さんが、事故からいままでのことを発表しました。

 

娘の心に寄り添った母

娘には誕生日が 2 回あります。1 つはこの世に元気な産声を上げた日。もう 1 つは水難事故による 40 分間の心肺停止から、この世に戻ってきた日です。いまある命は皆様からいただいた命です。助けてくださった皆様には、言葉で言い表せないほど感謝しています。

1997 年の溺水事故で娘は低酸素脳症になりました。それまでは自立した生活を送っていましたが、事故後は単身生活が不可能になりました。私達家族はあきらめることができなくて、いままで一生懸命、ときには気を抜きながらもがんばってきました。

回復に役立ったことは大きくわけると 2 つあります。それは、@初期処置、A退院後の家族の関わりです。初期処置は予後に多大な影響を与える大切なポイントです。

退院後は、家族の中の誰かがキーパーソンになる必要があります。うちでは私でした。いまこの子は何を求めているのか、何をしてあげたらいいのか、プログラムを作っていました。時系列で見ると最初の頃は個人の建て直しを、その後は社会参加を考えました。個人の建て直しに役立ったことは、4 つあります。

@友人が会いに来てくれたり、大学への復学など、事故前と同じ環境でいられたこと。初期の段階から社会と繋がっていました。

A通院により医師、ST、PT、OT、臨床心理士と繋がっていたこと。入院 5 カ月目で「退院です」と言われたときには、不安でした。やっとどうにか歩き出し、声が出始めた状態で、どうしたらいいのか心配でした。医師にお願いして通院となりました。そのおかげで、どう対処したらいいのかわからないとき、医療関係者から話を聞くことができました。

「レベルが上がると良いことも現れるけど、元々持っていた悪いことも現れますよ」などと、事前にアドバイスをもらったことにより、心構えや柔軟な対応につながったと思います。また、神経心理学的検査等をすることで、その時々、どういう状態にあるかを把握できました。

B都の講習会、TBI 研究所、家族会の講習会に参加したことにより、対応方法や、あきらめない力をいただきました。

  C近所の心療内科の医師と、いまは亡き私の母のサポートです。娘が何となく以前と違う自分に気付いたとき、この時期が一番たいへんでした。感情のコントロールが難しくなりました。そんなとき、「ご家族と散歩しているお姿をお見かけしますが、以前の様子から見ると良くなっていますよ。薬を使うのではなく、場所を変えるのも 1 つの良い方法なので、おばあちゃんの田舎に行ってみてはどうですか」と医師に言われました。場所を変える。なるほどと思い、そのようにしてみたところ、娘は一時的に治まりました。しかし、

またストレスが溜まると、大声を出しました。母が言いました。「こりゃ無理だわ。なだめても、すかしても、あやしてもダメ。子供より手がつけられないわ」そう言って、布団の上でわめきたててる娘の体を揉みほぐしだしました。この方法は効果がありました。夜中に突然、大声を出す娘に、母は起きて脳への血流が良くなるよう、首筋の辺りを一生懸命マッサージしました。当事者の心に添い、スキンシップをとる対処法を教えてくれたのは、母でした。記憶の難しい娘なのに、おばあちゃんのことになると涙ながらに話すのは、自分の立場に立って、わかろうとして、いろんな角度から心に近づこうとしてくれた、そんな母の思い出がどこかに残っているからかもしれません。

脳って捨てたもんじゃない

次に、社会参加の時期に役立ったことを 3 つあげます。

@娘は身体手帳を持っていたので、早いうちから、デイサービスやガイドヘルパー支援が使え、社会と繋がる機会に恵まれたと思います。

A家族会「調布ドリーム」での娘の様子や動きが見られたこと。「もしかして外でもやっていけるかな」と思いました。

B福祉センターの職員さんの「いつもお母さんと一緒だけど、お母さんに合わせていたら疲れるでしょう。あなたにはあなたの人生、お母さんにはお母さんの人生があるのよ。あなたの好きなこと、何か身に付けたり社会性を身に付けることが大切よ」の言葉です。その話を聞いた娘は強く頷き、「作業所探し」が始まりました。

作業所を利用するときには、@娘、私、デイサービスの職員さんで数回カンファレンスをし、A次の居場所となる身体の作業所「めじろ」には、娘の様子・状態・注意すること等を伝え、様子をみながら少しずつ移行させ、B家族が不安に感じることはデイサービスの職員さんと連絡を取り合い、問題を解決していきました。作業所は、もし合わなければ白紙に戻すことを前提としていましたが、このようなきめ細やかな配慮のお蔭で、現在も娘は作業所に通っています。作業所では、何人かの職員さんやボランティアさんが、娘にパソコンを習得させながら、環境調整をしてくださっています。少しずつ社会性や我慢強さも増してきているような気がします。

事故当時、娘が良くなりそうな情報を得ようと必死でした。でも、どうしたら元に戻るのか、教えてくれるものはありませんでした。五感を働かせて、本人から出されるほんの小さな、かすかなサインをキャッチし、彼女が何を求めているのか、それに答えようとし

た毎日が続きました。

高次脳機能障害をよくするために、すごいリハビリをしてきたわけではありません。娘が、毎日の何でもない暮らしを続けられるように支えてきました。昨日と変化が見えないのに、何でもない暮らしを継続することはとても厳しく難しい。でも「あきめずに続けること」。それが大切なのではないでしょうか。娘が、事故 1 〜 2 年前の手帳を読みながら、「なつかしいね」といいました。そう、元に戻っているとこだってあるんです。新しい記憶だって少しはあるんです。脳ってなかなか捨てたもんじゃないと思うようになりました。

最後に本の好きな娘から皆様にメッセージがあります。友人が貸してくれた山田ズーニーさんの著書『理解という名の愛がほしい』を読んで、娘が自ら日記に書きました。本人が読み上げます。「高次脳機能障害は人それぞれ違うから、理解という名の愛がほしいです」(ユウコ)

 

基調講演概要

◇基調講演  「高次脳機能障害の回復に向けた取組み」

   ・講 師 : 渡邉 修氏 ( 首都大学東京健康福祉学部教授 医師 )

《講演概要》

急性期、回復期、社会適応期に対応させたリハビリがある。特に環境調整(障害をより軽減する工夫)は全ての段階で必要であり、混乱しない工夫といった物理環境、支援者 ( 医療、福祉、学校・会社 ) の理解、制度の対応等幅広い。また、どうしてイライラするのかの掌握、注意集中力が低下した方への配慮、失語のある方への配慮、言語聴覚療法は早期から集中的・専門的に行なうなど、症状に応じたリハビリの要点を解説。そして基本は「良い行動を強化し、望ましくない行動は無視(= 小休止する)。障害は緊張・ストレスが増すほど顕著になる。充分な時間とリラックスできる環境を与えること。渡邉先生は日頃よく家族会の活動に参加され、そうしたことが講演のなかに折りこまれ、具体的で解り易かったのではないでしょうか。(報告:武蔵野市・高橋俊夫)

 

講演会後、たくさんの感想が寄せられました。一部をご紹介します!

先日 東京都の講演で、支えている家族、そしてユウコさんの回復していく過程の様子を聞かせて頂きました。家族の納得出来る支え方で、とても参考になりました。また、舞台での姿は、いつものユウコさんの自信なさそうな様子と違い、「せなぴん」で堂々とした落ち着きある姿に驚きました。最後の一言「理解と言う名の愛がほしい」同感 同感。画竜点睛とでも言いましょうか……。ユウコさんの「あの一言であの講演会」は意味の深い有意義な講演になったと思っているのは私一人ではないと確信しています。それはユウコさんの今までの体験した事による真実の思いだからと思っています。そして「理解と言う名の行動がほしい」と思いました。これからもユウコさんの思いを生の声で聞かせてください。       (当事者家族)

 

正解を先に見せてアプローチすること。障害を受け入れ難いのは、病的な理解が欠損しているからだけではなく、防御機能が働いているとのことなどが参考になった。                 (MSW)

 

脳の回復と本人の現状を理解し、受け入れられることから、より効果的なリハビリが行えるようになる。そこまでの支援の充実の必要性を感じた。   (ワーカー)

 

当事者の努力とご家族の献身と、医療をはじめ各機関の支援が実を結んだ事例を拝聴でき、大変良かったと思います。このようなケースが多くの人々にも届きますように。             (職業相談員)

 

 

Report  毎年恒例  クリスマスパーティー!

神奈川県横浜市・西田宏美

毎年、恒例のクリスマス会が、2006 年 12 月16 日、高橋邸で行なわれました。参加者は、田辺さんとダイちゃん、大島さんと娘さんの優希ちゃん、高橋さんとツンちゃん、サポーターの篠田さん、そして私とヨシの 9 名でした。今年は参加者が少なくて、ちょっと残念でしたが、優希ちゃんのおかげで、おおいに盛り上がりました。優希ちゃんのびっくりするほどの記憶力、大人びた発言に何度も驚き、みんなで笑い転げました。

12 時に集合して、まずはクリスマスらしくシャンパンで乾杯。お寿司をつまんだ後、みんなで仮装しました。

そして、そのままビンゴゲーム。優希ちゃんは、ビンゴゲームのストップ役を果たしてくれました。ビンゴゲームで一番になった人から、持ちよったクリスマスプレゼントを選ぶから、真剣です(笑)。プレゼントは、みんな 300円程度のモノを用意してきましたが、家にある豪華なモノ(?)でも OK としました。

ビンゴゲームで一番になっても、プレゼントはラッピングされているので、中身がわかりません。どの袋を選ぶべきか、この日一番アタマを使いました。

それぞれがプレゼントを開けてみると ......。

  石鹸やかわいいタオル、プーさんのカレンダー、靴下、ハンカチ、雪だるまのキャンドルなどなど。なんとブランド品のバックもありました !

その後、クリスマスケーキやクッキーなどを食べながら、午後のひとときを楽しく過ごしました。

 

フレンズ便り

講演会

―高次脳機能障害の特性と地域生活支援―

日時  2 月 18 日(日)13:30 〜 15:30

場所 

  やすらぎ会館(瀬戸市福祉保健センター)5F

講師  名古屋市総合リハビリテーションセンター高次脳機能障害支援課  課長 長谷川真也氏

定員  100 名

費用  無料

主催 

 高次脳機能障害を考える「サークル・フレンズ」

後援  瀬戸市

問合せ 

 高次脳機能障害を考える「サークル・フレンズ」  豊田幸子 TEL&Fax 0561-

 

 

ナノ便り

講演会

 ―高次脳機能障害支援に理解を求めて―

テーマ : 高次脳機能障害の地域生活支援

日時  2 月 24 日(土) 13:00 〜 16:00

場所  三郷市高州地区センター 大会議室  

講師  渡邉修氏 ( 医師 )

  埼玉県総合リハビリテーションセンター

 埼玉県障害者福祉課

費用  無料

主催  地域で共に生きるナノ

後援  三郷市・三郷市社会福祉協議会

 みさと協立病院・三   郷市障害児者連絡協議会

問合せ  ナノ事務局  谷口眞知子 TEL&Fax048-

 

 

ユタカさんのヘルパーさんからお便りです。

トイレに行きたい……、それが伝えられないということは、

どういうことなのか考えさせられた

初めての訪問が、平成 14 年の 1 月である。あれから 5 年近くの月日が流れた。最初の頃、ユタカさんと自分がどんな風に関わり始めたかは詳しく思い出せないが、思い出せる限り、書き綴ってみようと思う。

最初は、前任のヘルパー及び、その地区のコーディネーターが同行してくれて、援助の流れを把握した。とにかく目を離さないこと、安全第一であることを、念を押して言われた。それから一人で関わるようになる訳だが、その頃派遣状況は週に 2 回、月・水の三時

間だった。援助内容は、外出介助。どの利用者さんでもそうだが、援助に入る前には必ず、その人がどういう障害、もしくはどういった理由で派遣が必要なのかの事前説明がある。

ユタカさんの場合は、高次脳機能障害だった。恥ずかしながら、ユタカさんに関わるまでは、この障害については、まったく無知であったと思う。関わりながら、障害についての理解が自分なりに深まり、TV などでも知識を得ていくと、ユタカさんが高次脳機能障害の中でもとても重い人だということが分かった。テレビで紹介されていた人は、沢山のメモを見ながら会社で業務をこなしていたのである。

自分が気をつけてきたことは……。目を離さない、安全第一であるということは言うまでもないが、とにかく色々話し掛けることと、なるべく刺激を与えたいので、商店街の中など、人がいて、店があってといった所を選んで一緒に歩くようにした。あと一緒に歌を唄ったり、かけあい漫才のようなことをしたりと、とにかく刺激を与えることを心掛けた。

更衣を促す際には声掛けをして、本人に全部やってもらうようにした。

トイレに関しては、尿意を本人がきちんと伝えられないことが多いので、必ず時間を見て、トイレに寄ることを心掛けた。

以前、ズボンの中で失禁してしまったことがある。替えのズボンや下着を用意していなかったので、そのまま船橋アリーナ ( スポーツ施設 ) まで歩いていった。アリーナには低温サウナのようなところがあり、そこでとりあえず濡れた衣類の乾燥をすることができたが、このことを振り返ると、トイレに行きたいことを、きちんと伝えられないということがどういうことなのかについて、深く考えさせられた。

長い間担当しているといろいろなことがある。書き出せばきりがなさそうなので、いくつかピックアップして書いてみようと思う。

ある時、アリーナから家に戻る途中、ユタカさんが鍵を拾ったのだが、どうしても警察に届けると言うので、警察に鍵を届けた事がある。そのとき、本人も鍵を落として困ったことがあるというエピソードを語ってくれた。このことがなぜ印象に残っているかと言うと、意欲があまり高くないユタカさんが、どうしても届けるという意思表示を示したので印象に残っている。

県民の森に一緒に行った際、森の中では普段より歩くペースが速かったこと ( 元山岳部であることと関係していると思われる ) や、バスでの移動の際、いつも降りているバス停の名前のアナウンスに反応して、ボタンを押そうとしたことや、実習生の言葉に反応して

返事をしたり ( 聞いていないようで全部聞いている )したことなど、とにかくいろいろである。

 

 

心のファイルから

息子は病気になってから

語学が得意になりました

山梨県北杜市・村田淑子

中学3年生のとき、脳腫瘍がみつかった

こんにちは。私は山梨県明野町という日本一日照時間が長いことで有名な町に住んでいます。いつも会報を送っていただくだけで、お互いに顔も知りませんでしたが、一昨年、昨年と富士吉田市での合宿に親子で参加させていただきました。みなさまと一緒に語り合うことができたことは、とても有意義でした。

息子(22歳)は高次脳機能障害ではなく、脳腫瘍の後遺症で体幹機能障害、尿崩症、眼球が上下に動かない、歩行が不自由と大きな障害が残ってしまいました。

なぜエコーの会員になったかというと、山梨県内にも息子と同じように脳腫瘍の後遺症が残ってしまった患者がいるのではないか、孤立しがちな本人や家族と共に「親の会」をつくりたいという思いから、エコーの活動を参考にさせていただきたく入会しています。ですが、いまだに立ち上げていません。実のところ、親の私も息子と時を同じくして体調が悪くなり、息子より1カ月遅れて同じ病院に入院してしまいました。退院した頃にはすっかり元気になり、自分がリウマチとは実感がないくらい薬で抑えられていましたが、年ごとに症状が重くなり、体調が悪いと動く気力もなく、結局今日まできてしまったという次第です。

息子は7年前の高校受験を間近に控えた冬休みの1月から急激に体調を崩し、2月中旬にMRI検査を受けた結果、脳腫瘍がみつかりました。3学期は眠気が強くて起きられず、登校もできず、勉強どころではなく、卒業式にも出席できませんでした。

それでも本人が高校受験を希望したので、試験当日は保健室で試験を受けさせてもらいました。合格発表の日は、親子3人で提示版を見に行ったところ、受験番号があったのには、正直信じられませんでした。

その翌日、中学校で校長先生から卒業証書をいただき、そのまま病院へ直行し、入院となりました。生体検査を受けた結果は、やや悪性の脳腫瘍(ジャーミノーマ)でした。見せてもらったMRI  の写真には、脳幹部を中心に6カ所白い影が写っていました。「手術で腫瘍を取るのはムリなので、化学療法(抗がん剤6回、最後に放射線治療)をします」

治療方針を担当医師グループから説明されたときには、あまりのことに言葉が出ませんでした。

7カ月かけて治療が終わり、本人も私も普通に歩いて帰れるものと思っていましたが、小脳にも腫瘍ができたため、歩行のバランスをとるのが難しくなっていました。治療のため、顔つきも変わってしまい、ほとんど話もせず、眠気もずいぶんと残っていました。精神科ではナルコレプシーの診断をされています。

高校卒業までに英検2級に合格!

退院後、足の筋力をつけるために毎日運動公園に車で行き、競技場の外周を2〜3周歩くようにしていました。顔なじみになった人から、「ガンバレよ」と声をかけてもらいました。翌春、1年遅れて県立高校に入学、この日から3年間私が毎日送迎の車を走らせていました。学校生活が送れるかどうか、とても不安でしたが、勉強にはなんとかついていくことができましたが、1年目は記憶力がなく、クラスメートの半分も名前を憶えられない、忘れ物が多い……。困って市の福祉課に相談しました。そこで紹介された脳血管障害の患者を専門に扱っている病院で、週1回言語聴覚訓練と理学療法のリハビリを受けることになりました。1年で言語聴覚訓練は終了となり、記憶力もずいぶんとよくなり、安心しました。また、携帯電話のプチメモを活用し、忘れないようにしていました。

教科では数学が苦手となり、赤点を取ってしまったこともありましたが、英語は得意で、卒業するまでに英検2級に合格したくらい。人間の脳は20%しか活用されていないといわれていますが、まさに息子は病気になってから語学が得意になりました。入院中から始めたラジオの語学講座を毎日欠かさず聞いており、その努力に頭が下がるとともに、意欲が残ったことに、すごく感謝しています。

学校生活も部活で美術部に入り、絵を描き、3年生ともなると、ときどき学生食堂で学食を食べたりと、それなりに楽しんでいたようです。

高校卒業後は、通信教育の短大の英語科に入学。スクーリングで学友たちと会うのがとても楽しみのようでした。高校時代と違い、一人で勉強を続けることは難しいのでは……と心配しましたが、3年かけて昨年の春、無事、卒業しました。

現在は、昨年の5月に新しくできた身体・知的障害者の通所施設に週3日通っています。本人は絵を描いたり、読書をしたり、週1回は数人でおやつ作りをしています。

ここの良いところは、おやつのパン作り、豆腐作りでも利用者に参加させて、意欲を引き出そうとする姿勢です。たとえば、息子は農場でできた作物を出荷するときの伝票書きを手伝い、わずかな額ですが、給与としてお金を得ることができるのです。できることをやらせる。なるほどと思い、自宅でも夕食のお米をといでもらったり、味噌汁用に煮干しを鍋に入れてもらったりと手伝ってもらっています。

山梨で親の会をつくるまでよろしくお願いします。

 

理解を求めて 〜会員の広報活動〜

原稿

田辺和子「こんにちは 患者会です」(『看護学雑誌』/ 2006 年 12 月号/医学書院)

田辺和子「公共の福祉のためにも」(『NPO 法人設立記念誌』/日本脳外傷友の会)

田辺和子「BIAQ の歴史および当事者の視点から見たクイーンズランドにおける脳損傷者に対するサポート体制について」( 報告書 : オーストラリア・クイーンズランド州における脳損傷者の地域支援システム / 全国障害者生活支援研究会 /2007 年 1 月 )

田辺和子「オーストラリアにはどのような取組みがありますか」(『Q&A 脳外傷』/ 明石書店/2 月中旬発売)

取材

谷口真知子「ナノ祭り」(読売新聞地域版『東武よみうり新聞』2006 年 11 月 27 日)

        「いきいきウーマン」(読売新聞地域版「東武よみうり新聞』2006 年 12 月 12 日)ユタカさん 雑誌『ツーリングマガジン・アウトライダー』Vol.20/2006 年)

講師

伊地山敏「高次脳機能障害の回復に向けた取り組み」高次脳機能障害の理解と地域連携の充実をめざして

     (主催 : 東京都心身障害者福祉センター/ 2006 年 11 月 28 日)

 

私の愛読書

タカヒロさんの好きな雑誌はこれ!

昔からクルマがすきだったので、新しい号が出ると購入し、ぺらぺらと見ています。発売日を楽しみにしています。

『ベストカー』 毎月 10 日、26 日発売  三推社/ 300
 

ユウコさんが講演で引用した本!

ユウコさん談   「私は共感しました。みなさんにも読んでもらいたいナ〜」

『理解という名の愛がほしい』 山田ズーニー著/河出書房新社/1,365 円

 

元白樺派青年隊

ユタカさんのオススメ!

このなかに収録されている『ひとすじの道を歩くなり』が、好きな詩です。ぜひ、読んでみてください。

『武者小路実篤詩集』亀井勝一郎編/新潮文庫/380 円

 

 

喜怒哀楽

 

「まだこれだけある!」と考えて挑む    神奈川県横浜市・今仲芳昭

今年 4 月 1 日で満 66 歳になる自分をかえりみて、なぜか 「あっ ?」っと思うのです。「えっ? 自分てもうそんな歳なの」って。

 近頃は昔のように鏡を覗くこともままならず、気持ちだけは若かったのかなって感じます。 思えば腎臓による妻の透析、長男(38歳)のクモ膜下による病後のリハビリ等、どっちを向いても出るのはため息ばかりの現実である。しかし、笑って聞いて下さい。私流の例えで、コップの中のお水の量を?命?で、水が「これしかない!」と感じるのか、「まだこれだけあるではないか!!」と感じるのか。その見解は10人10色です。

 少なくとも私は後者で挑もうと思います。40歳のつもりで……。

 何よりサークルエコーの強力なスタッフの皆さんがついて下さることが最も心強い支えです。

 

山あり谷あり、二人三脚で歩む    秋田県湯沢市・丸山重子

主人は平成 12 年 4 月ヘルペス脳炎を発症。ウイルスにより脳が炎症を起こし、腫れ上がった。無呼吸状態で 1 分間隔におきる痙攣発作は、ベッドが地震時のようにガタガタと振動し、壊れてしまいそうだった。あまりにも大きな痙攣で、「いつ心臓が止まるかわからない」との宣告があり、延命のために人工呼吸器を装着した。

奇跡的に一命を取り止めたが、後遺症として、記憶・記銘力障害、痙攣発作が残った。四肢に不自由はなく、文字も読める、言葉も出せる。しかし、日付・場所・時間の感覚がなく、知人の顔も思い出せない。部屋も憶えられず、入院中、病院内で何回も迷子になった。

高次脳機能障害を抱えた夫の介護の始まりだ。4 カ月の加療後に退院したが、リハビリに通院しても自宅に帰って来られず、探し回ると別方向の場所へ歩いていたりした。また、入浴中に痙攣発作を起こし、溺水状態で救急搬送、2 度目の人工呼吸器を装着したときもあり、いつも眼が離せず問題行動ばかりであった。大変な看病・介護の中、平成 13 年に私自身が入院・手術となり、治療を受けながら主人の看病をしなければならない状況に陥った。一家で両親共に入院加療することになり、子供たちの不安と寂しさを考えると、身の切られる思いだった。

平成 14 年に主人は県リハビリテーション精神医療センターへ入院し、ヘルペス脳炎の後遺症を再検査、薬の調整、リハビリ訓練、生活訓練が行われた。その頃私は、過度のストレスにより、関節リウマチを発症。身体中の関節が病み、一時期は車椅子を利用しなければならないほどだった。私の体調不良により、主人の退院が長引いてしまった訳だが、そのおかげで、退院時には自分の身の回りのこと、時計の使い方、メモの活用などを習得していた。ソーシャルワーカーの計らいで、精神障害者手帳、障害年金などの手続き、通所リハビリや社会復帰のために小規模作業所へ通う手筈を整えてもらうことができた。社会福祉士の方が、主人のことを理解し、協力してくれることになったときの安堵感はとても大きかった。

主人は毎日、日の出作業所へ通い、支援センターでの行事にも参加して楽しんでいる。そんななかでも、いつ起きるかわからない癲癇発作には注意し、見守り続けていかなければならない。私達の生活も、やっと軌道に乗り始めた。

平成 16 年、主人の実父母が相次いで他界、精神的に不安定になり、癲癇発作が多発するようになった。

平成 17 年、私の祖母と実母が入退院の闘病生活の末、他界した。今まで主人の介護を影から支えてくれた人が亡くなり、私たちを取り巻く環境が激変、気の休まる日がなくなった。実父の入院・手術もあり、私の精神面・身体面での疲労が重なり、暮れには高熱を出してダウン !

18 年の正月は散々な始まりであった。長女の大学入試、入学、引越しと忙しい日々を過ごした。4 月に丸 6 年の経過を期に、「自分で今できること。何をするべきか」を考えてみた。6 月から我が家の畑で採れる農作物を直産市場へ出荷してみることにした。夏からは、その農作物を使って漬物を作り、毎日スーパーへ預けに行っている。頭脳仕事は私が担当。主人は力仕事と農作物の収穫・計量・値札貼りなど、忙しい私の手伝いをしてくれている。

癲癇発作が起きない程度の能力に応じた仕事量・環境を整えることが、もっとも大事だと思う。いつも見守りと気配りをしながら、山あり谷ありの人生を二人三脚で歩んで行きたい。

 

喜・怒・哀・楽」を読んで……

喜怒哀楽を読ませていただきました。

御家族皆様の懸命な支えと思いに感動しております。これからも陰ながら皆様のご活躍をお祈りいたしております。                    (K.S)

先日 見開きを飾った記事を読ませていただきました。興奮冷めやらぬ内に「サークルエコー」に出会いました。「地域の中で……」「KAWASAKI 爆走す」一気に読みました。「心」という器に「気持ち」というお水。お水が沸騰してゆくのを感じる言葉たちでした。「卑

下しない」それでもどこかに「迷い」や「はかなさ」を秘めているように感じました。

上手に文章にする事が出来ませんが、あなたの言葉で心を揺すぶられた事をお伝えしたく、お手紙をしました。                                       (施設職員・茂垣祥子)

 

サークルエコー行事&会合報告

2006 年

11/4  えこーたいむ  (伊地山、田川 2、大島 2、今仲 2、高橋 2  計 8 名 )

11/9  施設見学……杉並・すだちの里 (田辺)

11/16  会報印刷・えこーたいむ……多摩障害者スポーツセンター

        (高橋 2、伊地山、西田 2、田川 2、伊藤  計 8 名)

11/18  えこーたいむ  (田川、大島 2、高橋 2、廖、高橋ま、吉野氏  計 8 名 )

11/26  リハビリテーションフォーラム .……首都大学東京

渡邉氏、伊東氏 (伊地山 3)

11/28  第 11 回 東京都障害者福祉交流セミナー……都庁 (田辺、川崎、谷口、伊地山 4、高橋、大島 2、田川 2 計 12 名)

12/1  エコー役員会……狛江・田辺宅  (田辺、高橋、西田)

12/2  えこーたいむ  (田辺、西田 3、田川、大島 2、高橋 2、廖、高橋ま、村田 計 12 名)

12/3   シンポ・英国の脳損傷就労支援……横浜 (田辺、西田)、懇親会(田辺)

12/7   会報打ち合わせ……狛江・田辺宅 (伊地山、田辺、伊藤)

12/11  TKK 定例会……新宿 ひと・まち社(高橋 2)

12/14  都 高次脳機能障害者支援検討委員会……都庁(田辺)

12/16  クリスマス会……高橋宅  ( 田辺 2、西田 2、大島 2、高橋 2、篠田  計 9 名)

2007 年

1/11  麦倉氏の授業(障害福祉論)に参加……関東学院大学 大塚氏(伊地山 2)

1/18  都 病院経営本部へ要望書提出……都庁(田辺)

1/20   えこーたいむ(伊地山、田川 2、高橋 2、廖、高橋ま、村田 計 8 名 )

1/23  講演会・21 世紀を展望した地域福祉が目指すもの……狛江 (田辺)

1/28  高次脳機能障害セミナー(世高連)……世田谷区役所(田辺、高橋 2、西田)

1/29  サポート研……立教大太刀川会館 (田辺)

2/1  調布市障害者策定委員会傍聴…… 調布市福祉センター(伊地山)

2/3  えこーたいむ(田辺、西田 2、伊地山、高橋 2 、村田、伊藤  計 8 名)見学・角田氏、遠藤さん ( 当事者 )、斎藤さん

 

今年度も賛助会員へのご協力宜しくお願いします。

  年会費(4月〜3月 )   1 口  2,000 円

  郵便振替     00180-0-546112 サークルエコー 

正会員 ( 当事者家族 ) は、入会金なし、年会費 3,000 円で

 

「高次脳機能センター with」支援コンサート

長谷川幹 リーダーたちと語り合う 「高次脳機能障害者の今」 

3 月 21 日(祝・水)12:30 会場 13:00 開演:昭和女子大 新体育館:主催 with 支援コンサート実行委員会    当日券 2,500 円(前売り 2,000 円)電話予約  070-5546-0949 

鈴木真弓氏講演会「高次脳機能障害になった息子・郷、そして家族の気持ち」

 3 月 10 日(土)13 時〜 16 時:浦安市市民プラザウェーブ 10

 

2007 年 2 月〜 5 月 エコー行事予定

・えこーたいむ

2/17、3/3、3/17、4/7、4/21、5/19

変更の場合がありますので、ご確認ください。

・多摩エコー……随時

・ナノ……随時

・フレンズハウス(瀬戸市)毎週月曜、第 1・3 金曜、第 4土曜

 

えこーたいむ 会場 

渋谷区神宮前 4-8-9  神宮前作業所

地下鉄銀座線 / 千代田線 / 半蔵門線表参道駅下車 A2 出口 徒歩 3 分

作品募集!

・家族、支援者、サポーターの方の「原稿」

・家族の方の息子(娘、夫、妻)が語った、「今日のひと言」

・当事者の方の「原稿」、「絵」、「イラスト」、「詩」、「短歌」、「川柳」、「写真」、「手芸作品の写真」、「私のおすすめの本」、「私のおすすめのテレビ番組」、「お気に入りの言葉」など

 

編集後記‡昨年末、15 年来の友人から「12 歳の息子は癲癇で障害者なんだ」と告白されました。また、元同僚から 6 年ぶりに電話があり、「3歳の息子が自閉症と認定された」と……。毎年顔を合わせていたのに、いままで障害についてひと言もふれなかった友人。私の電話番号を調べて連絡を寄越してきた元同僚。親の苦悩を垣間みた気がしました。