脳損傷・高次脳機能障害
    サークルエコー
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SSKU

vol.26(2006年11月号)

 

サークルエコーとは

事故や病気によって脳にダメージを受けると、

新しいことが覚えにくくなったり、意欲が低下したり、

感情のコントロールが難しくなるなどのため、

社会生活の様々な場面で

問題が生じることがあります。

このような後遺症を高次脳機能障害といいます。

目に見えにくい障害のため、

社会の理解を得にくいこと、

したがって現行の福祉制度を

利用することが難しい点が

大きな問題となっています。

サークルエコーは、

高次脳機能障害をとりまく問題の中で、

特に日常生活に「介護」の必要な

重度の障害について取り組んでいます。

 

目次

特集      第1回クイーンズランド報告書 家族会から脱皮したBIAQの道のり

ニュース     TKK(東京高次脳機能障害協議会)が東京都へ要望書を提出

REPORT      エコー恒例・富士高原合宿報告

連載       心のファイルから

         喜怒哀楽 

 

特集  第1回 クイーンズランド報告書

家族会から脱皮したBIAQの道のり

田辺和子

田辺代表が2006年3月、日本損害保険協会の2005年度研究助成によるオーストラリア・クイーンズランド州の脳損傷事情の視察に参加。オーストラリアではどのようなサポートがなされているのか、今月と来月号で紹介。第1回の今回は、家族会が民間組織としてどのように発展していったのか、BIAQ(クイーンズランド脳損傷協会)代表のジョン・ディッキンソン氏に伺った話を報告する。

 

家族会から脳損傷支援のリーダーへ

 クイーンズランド州では年間12,000人ほどが脳に障害を持つといわれている。そのうちの40%(約5,000人)が外傷、ほかは低酸素脳症や脳卒中などによる脳損傷である。ここでの脳損傷とは、後天的に起こる脳の障害のことで、オーストラリアでは、脳損傷者は長い間、福祉制度の対象になっていなかったため、家族たちの組織が脳損傷者の支援を始めた。

 1984年、脳損傷者をもつ数家族が集まり、現在のBIAQの基になる家族サポートグループ・ヘッドウェイ(以下「家族会」)を設立。家族会はまず脳損傷をもつ家族への精神的なサポートや啓発活動を始め、その後、啓発資料、研修プログラムの開発までするようになる。しかし、相変わらず社会で脳損傷者は受け入れてもらえなかった。

 家族会が設立されて10年後、脳損傷者を助けるという自分たちの目的を達成できないというフラストレーションが高まってきた。そこで家族会は、自分たちでサービスを開発・提供するしかないと、人材を一新し、新たな道を模索し始めたのである。

 1994年、家族会は企業的アプローチの組織BIAQとして脱皮すると、出版物の質を高め、信頼性を向上させるなどの企業的戦略を打ち立てた。2000年には、脳損傷者へのサポートを専門にする有料ビジネス部門を設立。初年度のクライアントは12人だったが、翌年には20人に。そして、政府からの予算を獲得して、事業所や支援者宅へ研修へ赴くようになっていった。 家族会として政府に勧きかけていたときは情緒的な団体だと思われていたが、企業的な戦賂をとるようになると、客観性のある信頼できる団体だと見られ、結果、事業に予算がつくようになったのである。

 2006年現在、BIAQはオーストラリアにおける脳損傷者支援組織のリーダー的な存在として認められるようになる。

 BIAQの企業的なアプローチとは、

1)組織の知名度の向上

  質の高い印刷物の発行、充実したウェブサイトを開設し、知名度を高める

2)経済的な主張

  脳損傷者にサービスを提供しないと地域社会にはどの程度のコストがかかるかをデータを基に主張

3)脳損傷者へのサービス提供のための研修部の設置障害者支援サービスを行っている事業者が抵損傷者を受け入れられるように、専門の研修を開催BIAQが考える企業的アプローチには次のような利点がある。

@客観性が保てる、A専門的組織として、政府からビジネスの相手とみなされる、B企業的に財源が確保できる、C収益を生むようになったため、お金の無い家族にもサービスの提供が可能になった。

家族会の行方

 80〜90年代にかけて、家族会は強力な集まりだったが、BIAQが力をつけていくにつれ、家族会への参加者は減り、活動は衰退していった。

 家族会の目的は、脳損傷者へのサポートと、家族への精神的なサポートの二つ。BIAQの担殺化により、当事者へのサポートおよび情報はBIAQで得られる。そのため家族は、もう一つの目的、自分たちの精神的なサポートのために集まるようになった。だが、家族は一番大変なときは参加するものの、落ち着いてくると尻つぼみになりがちであるのはオーストラリアでも変わらない。必然的に、家族会の活動は少しずつ弱くなっていく。

 視察の最終日、ディッキンソン氏に家族会に対する助言を求めると「家族の問題と当事者の問題を区別することがもっとも大事です」と即座に答えた。

 

ジャスティン・メヒューさんにインタビュー

 

ディッキンソン氏の計らいで,12歳のときに交通事故で負傷,それがもとで脳卒中を起こしも前頭棄を損傷した青年ジャスティン・メヒューさん(23才)にインタビューすることができたので紹介する。

 

 僕は13歳から一人暮らしをしています。事故後、両親と住むのがうまくいかなくなりました。そのときは、家を出て生き残るか、そのまま一緒に住んで生き残らないか、二者択一でした。いま振り返っても、両親と住むのと、一人で住むことは、大変さという意味では変わらなかったと思います。

 脳卒中を起こしたのは、交通事故後、初めて学校に登校しようとした日です。母が運転するクルマで学校へ向かう途中、脳卒中になったのです。母はそのまま近所の開業医に僕を連れて行きました。そして、開莱医が呼んだ救急車で病院へ向かったのです。救急車に乗るときに嘔吐したので、制服にそれがついて気持ち悪かったのを覚えています。

 ところで、脳そのものは痛いのを感じないというのをご存知ですか? 痛みは外側の信号で感じるからであって、脳卒中というのは全然痛くないんです。

 最初の事故のときも、脳卒中のときも入院したのは小児病院です。

 入院中も、退院してからもサポートなんてないですよ。母に「大変でしたね、こんなことが息子さんに起こって」と人は言ったけれど、僕が言いたいのは、大変なのは僕だということ。父や母、弟のためのサポートはあったのに、僕のためのサポートはなかった。自分がどういう状況にあるのか、それを誰かに説明してもらいたかったけど、そういう人はあの病院にはいなかった。いまでも病院に対しての怒りは残っています。

 退院後、家に帰ってから受けたサポートは、一般的なファミリーサービス。でも、そんなサービスを使わなくてもよかったのかもしれない。だって、サービス提供者は利用者のことではなく、自分のことしか考えていなかったから。みんなそうでしたよ。

 学校は、最初に戻ったときは小学7年生でした。学年が終わるまで2〜3カ月あって、その間は補助の先生がほとんどついてくれました。

 中学では13歳のとき、燥うつ病になり感情の起伏が激しくなったので、2カ所の中学校から退学になりました。3カ所目は自分から中学校をやめました。そのころは毎日自殺を企てていたから、精神病棟に入れられた。そこで学校をやめました。そのときは9年生でしたが、どうやって8年生を生き延びたか不思議です。自分でもわかりません。

 脳損傷の情報を得るために、専門家に質問したし、たくさんの本やインターネットも読んでいます。だから、僕は脳のどこを損傷をしたか、どういう機能障害があるのか知っています。僕は、身体の左側が動かなくなりました。ほかでは短期・長期記憶が一番やられました。

 交通事故だったから強制保険がおり、賠償費で家を買いました。残りは投資信託などに入っていて、信託の管理者が管理しています。管理者から毎週食料空や小遣いなどを貰っています。大きいものを買いたいときや家の修理などは、見積もりをその管理者に送らなくてはならないのがちょっと面倒だけど、まあ満足しています。

 いま僕が受けているサポートはBIAQだけです。BIAQを通じてサポートワーカーが週に何回かきて、僕ができないことや、買い物や外出の際の付きそいなどコミュニティ・アクセスの手伝いをしてくれています。

 将来は、10年くらいかかるかもしれないけど、大学に行こうと思っています。そのためにはまず、専門学校に行って大学に入る資格をとらなくては。大学は、生物学を専攻します。その後、医学部に入り、学位を取って救急医学に進もうと思っています。

 子供の頃や思春期は大変だったから、死んだほうよかったと思うときもありました。でも、いまは面白い人がまわりにいるし、いまの人生は最高です。

 

フレンズ便り

高次脳機能障害者支援員研修講座スタート!

9月28日、「高次脳機能障害者とは」をテーマに第1回の研修講座がスタートした。次回は11月24日(火)、「障害者家族の理解」をテーマに開催予定。

第7回「高次脳機能障害学習会」を開催!

9月30日(土)、「グループホームについて学ぼう!」をテーマに学習会を開催。第1部講演・第2部のディスカッションともに、4。名の参加者にとって大変有意義なものになりました。

 

ナノ便り

「原宿表参道元気祭スーパーよさこい2006」に参加

8月26日・27日、三度日のスーパーよさこいに参加。

9歳から76歳までの90名あまりが元気いっぱいの踊りを披露しました。

ナノ祭2006「優しい街が好き!

11月19日(日)13時〜、三郷市文化会館大ホールにて開催。入場料1,000円。障害者ダンスパフォーマンス・よさこい元気印ダンスチーム・笑顔の写真展に是非いらしてください!

 

NEWS  TKK(東京高次脳機能障害協議会)が東京へ要望書を提出

 

TKKは東京都へ要望書を提出。これを機に、各地ではどのような要望書を提出しているのか、愛知県の「サークルフレンズ」、千葉県の「ちば高次脳機能障害と家族の会」から協力を得て、要望書を入手した。高次脳機能障害者の求める支援とは何か、今後はどうなるのか考えてみたい。

 

 

待望する地域ネットワークづくり

 地域が異なっても、高次脳機能障害者が社会に求めるものは同じであるため、要望内容に大差はないが、10団体の家族会で形成するTKKが出した東京都の要望書はきめ細かい。また、愛知県では、「中学生以下の高次脳機能障害者への支援」を要望。とくに、発達障害支援センターと連携しての支援構築提案は注目すべきものがある。干葉県では早急にほしいサービスに焦点が当てられている。

 高次脳機能障害者の支援で、一番求められているのが、医療・福祉機関のネットワークづくりである。「この高次脳機能障害者にはどういう障害があるの

か、どのように対応したらよいのか」と、それぞれの福祉現場が、その都度手探りしているのが現状だ。また、高次脳機能障害者は時間とともに求める支援が変わってくるため、各機関が情報を共有し、長い目でみた支援計画が不可欠である。それを実施にするには、早急なネットワークづくりが求められる。

 名古屋市、千葉県は、厚生労働省のモデル事業に参加していたために、これまで事業は拠点病院へ丸投げされていた。要望書提出後、千葉県ではネットワークをつくるための検討委員会が、9月に立ち上げられたが、検討委員会の着地点、何をどこまで検討するのかが不明で心もとない。

 一方、モデル事業に参加しなかった東京都は、都内の12カ所の病院を「地域リハビリテーション支援センター」として指定。しかし、高次脳機能障害に対応するかどうかは各センター次第。それゆえ、どこでも同様のサービスが受けられる状況ではないようだ。

 障害者自立支援法の施行により、障害者(児)が地域で自立した日常生活や社会生活を営むことを支援する「地域生活支援事業」には、市町村が行うべき事業と、都道府県が行うべき事業がある。高次脳機能障害への支援は、「専門性の高い相談事業」であるため、都道府県が行うべき事業となっている。

 東京都では、この「専門性の高い相談事業」を実施するにあたり、東京都心身障害者福祉センターを高次脳機能障害者の支援拠点機関に定め、平成18年11月から事業を開始することになった。 

重度者に対する要望

 さて、サークルエコーが一番注目したいのは、東京都の要望書である。ここでは、高次脳機能障害支援実態及びニーズ調査をする際には、「重度の高次脳機能障害者への支援」にも焦点を当てることの一行が加えられている。

 残念ながら、重度者は少ないため、愛知県、千葉県でも重度者に焦点を当てた要望はない。サークルエコーの活動拠点である東京都で、まずは重度者への取り組みの先鞭をつけたいところだ。

 東京都、愛知県、千葉県、それぞれに高次脳機能障害への事業費はついている。今後は、この事業費がど何に使用されるのかというチェックが欠かせないだろう。事業費が人件費だけで消えてしまうのならば、何も産まれないことになるからだ。  (文責・会報担当)

 

東京都要望書

                    TKK(東京高次脳機能障害協議会)提出

1.啓発活動の推進

  高次脳機能障害についての認識は、昨今の各種セミナーやインターネットの情報等により数年前に比べ格段の広がりを見せていますが、更に身近で具体的な啓発活動として

   (ア)医療関係者、市区町村職員、福祉業務従事者への講習会の実施

   (イ)病院、福祉施設向け商次脳技能障害に対する理解を広めるポスターの作成

2.医療機関における高次脳機能障害への取組強化

   (ア)東京都リハビリテーション病院をはじめ、高次脳機能障害診療の中核となる都立病院の機能強化並びに既存病院の充実

   (イ)商次脳機能障害に対応出来る精神科及びリハビリ科の充実

   (ウ)医師、看護師、ソーシャルワーカー及び専門職種(理学療法士、作業療法士、言語療法士、臨床心理士等)へのより一層の高次脳機能障害の理解を深める研修などの実施

   (工)医家機関における当事者・家族の「心のケア」に主眼を置いた、障害の受容、対応などの相談に応じることが可能な、臨床心理士、ピアカウンセラー等が配置された相談窓口設口の支援

3.市区町村における高次脳機能障害に対応しうる相談機能の強化

   (ア)市区町村に高次脳機能障害者に対応出来る相談窓口の設置

   (イ)「東京都心身身障者福祉センター」による、医療・保険・福祉の情報センター機能・連繋機能・情報の蓄積・データ一ベースの作成・発信を通じたネットワーク構築などの上記相談窓口支援

4.就労支援並びに社会的資源の開発、支援

  就労支援において長年の実績を持つ下記機関の事業充実及び、ハローワーク等との連携の強化、ならびに社会資源の開発

   (ア)東京都心身障害者福祉センター及び東京都リハビリテーション病院

     前者においては、長年の実績を踏まえた就労支援全般の支援活動、後者においてはジョブコーチなどに見られる実践的な支援の強化。また、両者の共通事項として、人事異動等による事業の中断、縮小がなされないこと。

   (イ)東京都心身障害者福祉センターを中心とした、高次脳機能障害者が利用可能な社会資源の開発

   (ウ)高次脳機能障害者の日中活勁の場となっている福祉作業所や、自主グループの活動等への各種支援

5.経済的支援

 昨今の社会情勢の中で、障害者となった場合には正規雇用の継続が困雉となり、相対的に低所得なパートタイマーやアルバイトなどの選択を迫られる状況にあります。また、障害者自立支援法の施行に伴い応益負担が課され、サービス利用を断念せざるを得ない状況も広がってきています。これらの状況を踏まえた支援案として

   (ア)精神科医師に対する高次脳機能障害者に対する障害年金診断書の記載講習

   (イ)生活保護担当部局との連携による、高次脳機能障害の特性を踏まえた生活相談の支援

   (ウ)企美に対する障害者就労における正規雇用粋の拡大の要請

   (工)障害者自立支援法における応益負担の軽減及び補助策の実施。

6.高次脳機能障害支援実態及びニーズ調査について

   (ア)程度や様態など様々な高次脳機能障害者の実態を浮かび上がらせた、きめ紬かな支援施策への反映

   (イ)「重度の高次脳機能障害者への支援」にも焦点を当てること

 

千葉県要望書

ちば高次脳機能障害者と家族の会提出

1.「地域支援ネットワーク」の早期構築

高次脳機能障害の支援拠点機関である千葉リハビリテーションセンターを軸とし、相談窓口、医療・リハビリテーション機関、日中活勁の場となる小規模作業所・地域活動支援センターなどの福 祉施設、就労を支援する千葉県障害者就業支援キャリアセンター・千葉障害者職業センター、居宅施設のグループホーム等と連携し、点の支援ではなく、線の支援が行なえるようにするための組織構築

2.高次脳機能障害の理解促進をはかる小冊子の作成

昨年12月、当会として、貴課に対し「当事者が社会に受けいれられるよう、問題行勁に対しどのように対処したらよいか」具体的な対処方法を中心とした広報資料の作成を要望した。18年度中に作成いただきたい。

3.高次脳機能障害者を対象に行う、集団リハビリテーション実施の復活を厚生労働省へ働きかけていただくようお願いします。18年度の医療報酬改定で集団リハビリテーションは廃止となった。しかし、集団リハは高次脳機能障害者には効果が顕著に現れるリハビリテーションであり、家族・リハビリテーション現場から復活要望が寄せられている。障害社者自立支援法の下で、高次脳 機能障害支援普及事業の体制を整備する都道府県として、支援の根幹である高次脳機能障害のリハビリテーションについて、国に実態を訴求していただきたい。

4.支援拠点機関千棄リハビリテーションセンター更生園 の支援体系の改革

 千葉リハビリテーションセンターには、肢体不自由者更生施設「更生園」がある。現在、利用対象は身体障害者手帳を有する降害者のみ。県内では高次脳機能障害の日中活動支援を展開している機関も少なく、支援ネットワークも構築されていない状態であるうえ、「更生園」のように、言語療法士・理学療法士・作業療法士・心理士を擁していない。「更生園」も、精神保健福祉手帳のみを有

 する高次脳機能障害者が利用可能となるように整備・改革をしていただきたい。

 

愛知県要望書

 

脳外傷友の会「みずほ」、くも膜下出血友の会「くるみ」サークル・フレンズ提出

1.普及啓発について

一般県民への啓発もさることながら、とりわけ市町村の相談窓口担当者や医療後関の医師が診断基準を熟知し、受傷・発症の早期からスムーズに訓練や支援が開始きれるように、高次脳機能障害に関する知識を周知いただけるよう要望します。

2.実態調査について

愛知県においては一昨年、医療機関に対して発生源での実態調査を実施していただきましたが、その後、どのように社会に復帰できたのか、追跡調査をしていただくなど、さらなる実態の把握に努めていただけるよう要望します。

3.県内の関係ネットワークの形成について

高次脳機能障害者の支援にあたっては、いままで実績を積み重ねてきた名古屋市総合リハビリテーションセンターを支援拠点として、県内の保険、医家、福祉、労働に関わる機関が連携したネットワークの形成に向けて、ご助力いただけるよう要望します。

4.中学生以下の高次脳機能障害者への支援について

中学生以下の高次脳機能障害者に対しては、いまだ適切な治療や訓練が受けられない状況です。発達障害支援センターと連携し、県内で支援できる体制を整備していただけるよう要望します。

 

 

 

REPORT  エコー恒例・富士高原合宿報告

                   東京都武蔵野市・高橋俊夫

2006年10月14〜15日に、エコー恒例の合宿をしました。参加者は29名。貸し切りの宿で、一晩ゆっくりと過ごせたのではないでしょうか。

 

 合宿をーつの交流の場にしようと、外部から首都大学教授の渡邊修先生、高次脳機能障害者の作業所・すてっぷナナの野々垣睦美所長、東京福祉専門学校講師の西村明子先生に参加していただきました。

 日程は週末の土・日。交通の混雑を予想し、紅葉の最盛期を避けた時期にしました。それでも週末ということで混雑を予想しましたが、大きな渋滞もなく済んだようです。

 富士高原ファミリーロッジを宿泊場所にした合宿は今年で3回目となります。今回は2日間とも天候に恵まれました。まだ冠雪もなく夏の姿の富士山の全景を望むこともできました。

 16時からの「えこーたいむ」では、近況報告を兼ね自己紹介が主体でしたが、初参加の大島さん、今仲さんには病状等もお話戴きました。時間も少なかったようですが会報11月号についての担当者の打ち合せも行なわれました。

 夕食は、豊田さんの乾杯の音頭で開始。楽しいひとときです。準備も後方付けも全員で。当事者達も皆楽しそうに手伝っていました。夜8時からは懇親会。2年ぶりに代表復帰した田辺さんのご挨拶に始まり、その後、外部の方にそれぞれのお立場からお話をいただきました。

 西村先生は専門の成年後見制度について話されました。その後、会員からは質問も多く、とくに当事者の症状に関連して渡邊先生へ質問が集中しました。

 後半は飲み物も加わり、三三五五散らばっての歓談でした。その間でも何人かは渡邊先生に個々に相談されておりました。終了したのは日付が変わる頃でした。

 翌朝、渡邊先生、野々垣所長、西村先生、今仲さんはすでに帰られましたが、9時からのミーティングで参加者の皆さんに合宿の感想をお聞きしました。

 幹事からは反省点が多かったのですが、皆さんからは「先生方にお話を伺えて良かった」「次回も参加したい」という声が聞かれました。

 大半の方がチェックアウト後帰宅となりましたが、残った11名で車3台に分乗し、富士山の湧水で有名な「忍野八海」を見物。澄み切った冷たい水。古民家の屋根越しに見えた富士は絶景

でした。

 その後、道の駅「富士吉田」のレストランで昼食、14時に解散となりました。

 外部の先生方と会員とが有意義な時間を持てたうえ、皆さん楽しく、ゆったりと過ごされたようです。

 

娘にとっての初合宿

東京都北区・大島幸代

 今回初めて合宿に参加させてしました。3才の娘を連れて行くので、私の母も一緒に来てもらいました。

 娘が飽きないようにと一揃い遊び道具は持っていったのですが、それをおとなしくやっていたのも初めだけで、後はいろいろな方々のところへ遊びに行っていました。娘は、人見知りをしないので、沢山の方々と触れ合えて、またとても広い保養所でしたので、あっちこっちへ行ったり、こおろぎ見つけたり、大きなお風呂に入ったりと、とても楽しかったようです。

 私も渡邊先生に話を聞いていただいたり、普段はお会いできない方と話ができたりと、とても楽しく、またいろいろな知識が得られた貴重な合宿になりました。

 いろいろとご迷惑をおかけしたと思いますが、お世話になり、どうもありがとうございました。 帰りは河口湖まで足を伸ばし、カチカチ山ロープウェイに乗り、遊覧船に乗り、お昼は名物ほうとう鍋を食べ、帰路に着きました。帰りの電車の中、娘は遊び疲れて、ずーっと寝ていました。

 帰ってぎて娘が「また行きたい!」と話しています。来年も是非参加したいです。

当事者の回復していく姿に会えるのが楽しみ

東京都調布市・伊地山和茂

 年に一度の恒例のエコー合宿には今年も多数の参加がありました。大島さん、今仲きんご一家の初参加もあって、昨年より1名多い29名の合宿です。この日を楽しみに各地から参加されたみなさんが、普段は気がつかない歩みでも、年毎に当事者の回復していく姿に会えるのが、合宿参加の大きな楽しみです。

 今年の合宿で気づいたことは、若手サポーター(田川さん長女、大島さん長女3歳)は当事者・家族の気持ちを明るく和やかなムードにしてくれるということでした。

 夕食後の懇談会では、各ご家族それぞれが抱える問題や悩みを互いに深夜まで語り合いました。高次脳機能障害は個性と同じく、1人として同じ症状がないばかりか、回復の発達段階によって、問題や症状が異なる難しさがあります。回復の程度が高くなれば当事者の心のバランスが崩れる悩みや、問題が一層深刻となる複雑さも高次脳機能障害者にはあるようです。

 当事者の回復を助ける社会資源が不足しており、もっと充実させれば回復が早まるにもかかわらず、現実は遅々として進みません。さらに議論の中で首都圏と地方の社会資源の格差が大きいこともわかりました。

 全体として、ゲストの方々が適切な助言や問題認識を示きれたことで議論が深まったことは、家族会にとって大きな収穫でした。

 今回の合宿を通じて高次脳機能障害を抱える当事者・家族にとって、渡邊先生が示唆された回復のための「環境調整」「対応の仕方を変える」取り組みが重要であり、福祉行政に対しても一層の社会資源の拡充を訴え続ける必要を痛感いたしました。

聞きたいことが一杯ある

神奈川県横浜市・今仲芳昭

 合宿への参加はとても有意義だったと妻とも話しています。みなさん高次脳についてよくご存知なので本当に参考になりました。

 私自身わからないことばかりでお聞きしたいことが一杯あります。

 @現時点での生活を含め難題をどう克服するか、A当事者が少しでも良い方向へ向かうためには? B自立へ向けレベルを上げる方法(この点は伊地山さん、豊田さんの発言により勇気を与えられ、感動しました)、C私の亡き後、残された高次脳の息子の処遇は...、B自立支援法によるメリットは何なのか、etc.

 合宿では渡迭先生も夜中まで話し合ったそうなので、もったいないことをしてしまいした。早寝したことを後悔しいます。

他の家族と話ができてうれしかった

神奈川県横須賀市・田川真理子

 突然の合宿への参加でしたが、とても素晴らしい経験をさせていただきました。いままで父だけでも大変だったのに、今回はいろいろな形で病気になられた方を見て勉強になりました。力オさんは、若い人がいなくては嫌という話や、母や兄弟姉妹、親戚といるとき、自分がどうしていいかわらないと話され、混乱しているようでした。それでも、彼女は彼女なりに頑張っていました。合宿にくるのも大変な思いをしたことでしょう。これから力オさんにもお母様にももっと活力をえこーから与えてあげられるといいですね。

 全国に「高次脳機能障害」で悩んでいる当事者や家族をどうかサークルエコーに招かれ、活動されていかれるように祈っています。今回、合宿に参加し、家族会の方や当事者、サポーターの方とお会いでき、話せてうれしかったです。これからもサークルエコーのえこーたいむに参加させてください。勉強する場を与えてください。


 

心のファイルから   地域での自立生活を夢みている

千葉県船橋市・川崎弓子

この 2 年ほど息子は精神的にとても安定している。会話もスムーズ、自信を持った力強い声で自分の意見をはっきりと話し ( 真偽の程は別にして )、笑いも多い。

現在、リハビリができる身体障害者の通所施設へ週1 回と月 2 回の社会適応訓練に通っている。  また、知的通所施設で短期入所や日中一時支援を受けている。そこで自分の居場所を見つけて、良い刺激を受けているようだ。それは、帰宅時の笑顔を見れば頷ける。職員さんとニックネームで呼び合い、園内での仲間との会話の様子も嬉しそうに私に聞かせてくれるときもある。朝などスケジュール表を見ながら、迎えのバスを待ちきれず、玄関でそわそわしている様子からもわかる。

その様な姿を見て、市の福祉課の方と息子の支援計画を立ててくれるコーディネーターに、地域の中で社会的自立のステップアップを図れないかとお願いしてきた。

渡邉修先生から「たとえば買い物ならば、まずは家族とヘルパーさんと一緒に買い物に行き、本人に買い物をさせる。次にヘルパーさんと本人だけで買い物へ行く。最後に、本人がメモを見ながら買い物できるようにする」という徐々にステップアップしていく方法をアドバイスされた。そのアドバイスや先に実践している家族の方のお話を参考に、再度コーディネーターと話し合いの時間を持った。

支援を受け始めた当初は、高次脳機能障害への対応がわからないことから腰が引けていたようだったヘルパーさんも、付き合いが長くなるにつれ、変わっていった。ヘルパーさんと息子の付き合いは 4 年以上になり、今では息子が付けたニックネームで呼ぶ間柄となっていたし、 この障害をよく理解していただいているので、お互いに一抹の不安を抱きながらも「買い物は見守りと誘導さえあればできる」という変な自信もあった。

買い物の支援は次のような手順で、1 回目は 7 〜 8分で終わった。@私が書いたメモをコンビニに入る前に読んでもらう、Aメモを読みながら書かれている品物を探す、Bつり銭のないように支払う、C買ったモノを途中で飲食せず、家まで持ちかえる。

コンビニには美味しそうなものが沢山あるし、興味津津な物が多いので、目的の品物までたどり着くのに少し時間がかかったが成功。

市の中の地域支援で、生活の質が高まりそうである。  そして、ヘルパーさんと一緒に展覧会に行く、映画を見にいくなど、可能になりそうなことが多いと期待している。

「失敗は良い経験として、一歩前進」を合い言葉に、息子に過度なプレッシャーをかけることなく、確実にステップアップを図りたい。そのプランも現実味を帯びてきたので、支援内容が一段と充実しそうである。支援の狭間をボランティアさんや多くの方々に支えていただきながら、地元での自立生活を夢みている。

 

 

 

 

 

       第11回全国統一パイロットウォーク

1人で歩くのもいいけれど、皆で話しながらもいいものです

東京都調布市・伊地山敏

 2006年10月1日(日)、『第11回全国統一パイロットウォーク』に参加してきました。集合場所は、東京・浅草にある花川戸公園。エコーからの参加者は、田辺さん、高橋夫妻、田川夫妻、大島さん、優記ちゃん、大島さんのご両親、高橋まりこさん、伊地山親子の12名でした。

 昨年の参加者は350名くらいでしたが、今年はその倍の700名おり、朝10時の開会式は壮観でした。親には馴染みのある前川清きんや磯村みどりさん、岩崎加根子さんによる開会宣言。おばさんたちは一緒に写真を撮っていましたが、若い当事者たちは、あまり関心がなかったような...。

 その後、花川戸公園→言問橋→桜橋→言問橋→言問通り→台東区民会館から花川戸公園に戻るまで、1時間あまり歩きました。当日は曇っていたのですが、そのうちに暑くなり、上着を腰に巻いて歩いていました。私と悠子は去年に続き二度目の参加。去年はこれで歩いたといえるのかしらという物足りなさがあ

りましたが、今年はウォーキングしました!!って感じです。

 隅田川沿いは、思っていたより緑が多く、リフレッシュできたかな。1人で歩くのもいいけれど、皆で話しながらもいいものです。浅草に行ったのは、15年ぶり。解散後、エコー参加者全員が、浅草寺におまいりし、その後甘味処「梅園」でお茶し、浅草を満喫して帰ってきました。

  パイロット日本基金桟より、イベントの浄財47479円のご寄付をいただきました。感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

ふたりの息子

田辺和子

お子さんを亡くした親御さんが「あの子と今も毎日、話しているんですよ。あの子は私の中で生きているんです」というようなことを言われることがある。

愛する人が亡くなる。悲嘆にくれる日々。それを癒すのは時間。やがて亡くなった人は愛する人の心に蘇ってくる。そうなるともう永遠の命を授かったのと同じだ(と想像する。私はそれを経験していない)。寂しさから立ち直るというのはそういうことなのだろう。

しかし、そうした言葉を口にできない人たちがいる。高次脳機能障害。事故や病気で脳を損傷したことにより様々な症状が現れる。記憶の保持ができず、トンチンカンな振る舞いをするようになることもある。人格の変容は様々だ。まるっきり別人としか思えなくなる人もいる。その人らしさが消える。その人になかったものが現れる。障害を持つ以前のその人はこの世にいなくなったのだろうか。

私の仲間である、高次脳機能障害の当事者の妻や母親のことば。

「あきらかに夫として頼りにしたり求めたりするものがなくなりました。私の中で夫というパートナーは存在しなくなりました。以前の彼を今の彼に重ねることもなくなりました。今ここにいる人を家族の中の大事な人として思っています」

「今の息子を愛しています。奇跡が起こって障害前の彼に戻ったら、昔の息子が障害をもち別人になってしまった時の喪失感と同じように、今度は今の息子がいなくなったという喪失感に襲われるような気がします」

交通事故で高次脳機能障害をもった息子さんをその後、亡くした人がいる。

「息子をふたり亡くしたと思っています。受傷前の彼と受傷後の彼のしぐさや表情を思い出します。それは別々のふたりです」

以前の存在が消えた悲しみを「さよならを言わない別れ」「儀式のない別れ」と言った人がいる。割り切れない思いの中で新しい日常が始まり、月日が経過する。元に戻ることはないことを知る中で新しい人への慈しみが育っていく。

しかし、お子さんを亡くした親御さんが、「今もあの子は生きている」と日常にあの子を取り戻したように、高次脳機能障害の家族をもつ人たちは、自分の胸のうちに確かに存在している、しかし、現実にはいなくなってしまったその人を取り戻せるのだろうか。

「昔を懐かしんでばかりいないで、今、目の前の人のことを考えるべき」というアドバイスにすっと口をつぐむ。体験したことのない人は分かるはずがないのだと思う。

高次脳機能障害について関心をもつ人がふえてきた。難しいことではあるが、支援に携る人たちにこのようなことを伝える必要があると思うようになった。 

日本障害者リハビリテーション協会「ノーマライゼーション」2006 年 9 月号より

 

 

 

 

10 月 8 日横須賀ウェルシティで第 3 回高次脳機能障害講演 & シンポジウム を開

精神科分野との連携の重要性を再認識

神奈川県横須賀市・田川三枝子

 秋晴れの日に、神奈川県・横須賀では初めての高次脳機能障害のシンポジウムが開かれました。

地域での家族会が立ち上がってすぐのシンポジウムにどのくらいの人がきてくれるか心配でしたが、参加者は140 名を超えました。福祉関係者、支援者、当事者・家族とその顔ぶれはさまざまで、とても盛況な有意義な会となりました。

 日々研究を重ねていらっしゃる橋本先生のお話と、精神科医の高屋先生のお話を伺い、精神科分野との連携の重要性を再認識しました。これからの先生方の活躍に期待するばかりです。当事者家族の声では、一家の大黒柱が当事者となり、我が家の場合とだぶって写り、思わず涙がこぼれそうになりました。

 今回、ナナの会主催のシンポジウムを通して、高次脳機能障害をよりよく理解し、また多くの方々に知っていただけたこと、うれしく思い、これからの活動の出発点となるのではと思いました。

 

 

 

喜怒哀楽

 

いま、幸せだなと思いながらも・・・

静岡県沼津市・秋永明子

 1年以上の入院。「今後、寝たきりで立つことも無理でしょう」と言われ、「このままでもいい、生きていてくれれば・・・・・」と覚悟をしたあのときから、早いものでもうすぐ12年が経とうとしています。

 退院後は、喘息発作の恐怖と寝返りもできない淑子の介護で本当に大変でしたが、自宅でのリハビリのために、家の中は主人の手作りの平行棒、大きな歩行器、手すり、すべり台(1.8m×3,6m)などでいっぱいでした。

 決して他人の手は借りないと心して、沼津市立病院に週2回通い、中伊豆リハビリセンターの先生が週1回在宅でのリハビリに来てくれるという状況で、1人で頑張っていました。が、結局私が倒れて入院することになり、それからは限界を感じて市の福祉課に相談しました。最初は全介護が必要な重度の人達のための通所施設へ週1日でしたが通うことになりました。そこで出会った先生のアドバイスで、現在は2カ所のデイサービスに4日間通っています。重なる日もありますが、その他に週1日は在宅での身体のリハビリ(中伊豆リハビリセンターの先生)を。さらに、障害者にパソコンを教えて下さる先生に在宅で習ったり、土曜日はヘルパーさんとプールでの歩行訓練、その後ファミリーレストランでの食事と結構忙しい毎日を送っています。

 家の中では、車椅子でなくソファーで過ごし、大好きな大型犬2匹(スタンダードプードルとオールドイングリッシュシープドッグ)に遊ばれたり、もまれたりしながらテレビを見たり、本(ほとんどマンガ)を読んだり・・・・・・。

 明るくなった笑顔の淑子を見ていると「いま、幸せだな」と思いながら、自分達が元気なうちにもっともっと淑子を良くしていってやりたいと本当に思います。

 

Kawasaki爆走す

千葉県船橋市・川崎弓子

厳つくライダージャケットに身を包み、サーキットに降りてゆく息子の姿はまるで別人であった。

 井筒か? 川崎かと見紛うばかりの堂々たる歩きであった。(よいしょのし過ぎ)「お母さんの夢?」と尋ねられた今年の夏。息子は、とうの昔に限定解除の免許書を流してしまっているが、無知で無謀な母親は、密かに叶わぬであろう夢を持ち続けてきた。それを、真夏の夜の戯言と笑って話したことから、「実現させましょう。その夢」となり、下記の様なメールが流れてしまった。

「受傷前は、大型バイクでツーリングを楽しんでいた高次脳機能障害者がいます。そのお母さんの夢は、もう一度息子に風を感じさせることです。この親子の夢の実現のために、力を貸していただける方は、土浦サーキット・コースパドックにご集合してください」と。

 そこからが大変であった。息子は体型矯正のためにひねりを入れた腹筋に、さらなる磨きを掛けた。私といえば、14年間日の目を見ることのなかったカビだらけのグローブ、プーツ、ジャケット、そしてAraiのヘルメットに風を通し、ワックスで磨いた。 当日、コースパドックに老若男女約30名程が、自慢のバイクに跨り、続々と集まった。

 午前中はクラッシュを恐れて、皆と一緒のタンデム(2人乗り)走行。

 ついに、昼休み。息子は静かになったサーキットで当たり前のように「ひょい」とバイクに跨り、爆音を轟かせ、応援メンバーの不安を尻目に姿を消した。

 私といえば、緊急連絡先のメモと健康保険証を握り締め、土手にへたり込んでしまい、シャッターを押す余裕などなかった。 ヘヤピンカープも難なくこなし、ランする姿は、往年の息子のスタイルであり、川崎復活か? の感があった。

 拍手で迎えられた息子に記者からマイクが向けられた。息子は「最高」の一言のみ・・・・・・。

 ホテルに戻り汗を流したさっぱりした息子が一言、「俺、土浦で何しているの」 これが現実です。

 夢は己の手で掴み取るもの」と今でも言い続けている息子が14年目に掴んだ今年の夏の出来事です。

 そして「昔探しの旅」のCDアルバムが、また一枚増えました。

 

薬と仲良く付き合えば、ラクになることを覚えた

愛知県瀬戸市・豊田幸子

 カオが事故後 1 年半過ぎた頃、能力がかなり上がり、自分の現状が少しわかるようになった時期、音に異常な反応を示し、睡眠薬を服用してもまったく眠れなくなり、夫婦で寝ずの番をしました。夜中でも家の中でじっとしていられず、片時も目を離すことができませんでした。何日も満足に眠れないのは、カオにとっても、私たちにとっても大変なことでした。

 そして 3 週間後、カオはテンカン発作を起こし、救急車で病院に運ばれました。

 その後、精神科の安定剤や睡眠薬を状態の悪いときに服用するようになりました。薬も対処療法ですから治すことはできませんが、状態を軽くしてくれます。

 しかし、精神科の薬は効くモノ、効かないモノ、効き過ぎて異常反応が出るモノなどさまざまでした。そのため、3 日飲まして異常を感じたら、すぐ医師に相談して薬を変えてもらいました。精神科の医師は低酸素脳症者の治療経験がありませんでしたので、わかっ

てもらう努力は必要でした。

 さらに、カオの場合、脳を損傷しているので薬が効きすぎることもわかってきました。特に睡眠作用のある薬には要注意! いくどとなく昏倒(?)しました。

 それでも、眠れないときは睡眠薬のお世話になっても、睡眠時間をしっかり取ることが必要です。

 ただし、睡眠薬を飲み続けると、かなり脳の状態が悪くなります。薬効が切れた後も、眠気があったり、ぼんやりして思考が悪くなります。以前できていたことができなくなり、ショックを受けていました。でも、状態が良くなれば、またできるようになりました。

 カオは 12 年経った現在でも、不調のときは自分にとって不快と思う音は、どんなに小さい音でも神経を逆なでするようで、ひどいときは発狂して雄叫びを上げます。自分ではコントロールできないようです。正気に戻ると、そのときのことを謝りますのでわかってはいるのでしょう。一方、自分にとって好もしい音は、どんなに大きい音でも許容できるようです。

 でも、薬と仲良くつきあえば、自分がラクになることを覚えました。

 


サークルエコー行事&会合報告

8/22   編集引継ぎ……狛江・田辺宅  ( 伊藤、村田、高橋、西田、田辺 )

8/24   会報印刷・えこーたいむ…国立・多摩スポーツセンター ( 高橋俊夫・識代、田辺、

田川治・三枝子、大島、伊地山、SP・高橋、篠田、村田 )

8/26   JD ワーキング 障害程度区分 ( 高次脳機能障害について報告 ) …戸山サンライズ ( 田辺 )

8/26,27  ナノ・「原宿表参道元気祭スーパーよさこい 2006」に参加 ( 谷口、他 90 名 )

9/2   えこーたいむ  ( 吉野、伊藤、田辺、伊地山、高橋俊夫・識代、田川、大島母子、廖、篠田、村田 )

9/7   公明党ヒヤリング (TKK4 名、議員 4 名参加 ) ……都庁都議会会議室  ( 田辺、 高橋 )

9/7   東京都高次脳機能障害者支援検討会……都庁 ( 田辺 )

9/15   命のメッセージ展 ……稲城市城山体験学習会 ( 田辺 )

9/15   高次脳機能障害支援施設見学……ふらっと・世田谷 ( 田辺 )

9/16   えこーたいむ  ( 大久保、田辺、伊地山、田川、高橋俊夫・識代、村田 )

9/17   横須賀家族の集い『マリン横須賀』 …… 横須賀ウェルシティ ( 田川三枝子 )

9/27   施設見学……岡本福祉作業ホーム玉堤分場  ( 田辺 )

9/27   東京都高次脳機能障害実態調査委員会……都庁  ( 田辺 )

9/28   フレンズ・高次脳機能障害者支援員研修講座  ( 豊田、他 )

9/29   施設見学……世田谷総合福祉センター「友愛ホーム」 ( 田辺 )

9/30   フレンズ・第 7 回「高次脳機能障害学習会」  ( 豊田、他 )

10/1   パイロットウォーク……浅草 ( 田辺、高橋、田川、大島、伊地山敏・悠子、SP・高橋   計 12 名 )

10/4   岡本医師と懇談……慈恵大第 3 病院 ( 高橋俊夫・識代、伊地山敏・悠子、田辺 )

10/7,8  日本社会福祉学会 ……立教大学新座キャンパス ( 田辺 )

10/8    高次脳機能障害講演 & シンポジウム in 横須賀 ……横須賀ウェルシティ ( 伊地山敏・悠子、

                          高橋俊夫・識代 , 田川三枝子 )

10/10   なかま展……川崎市・多摩区民会館  ( 西田宏美・吉廣、田辺 )

10/13   調布市障害者福祉計画作成委員会傍聴……調布市福祉センター ( 伊地山敏 )

10/14,15  エコー合宿   武蔵野市立富士高原ファミリーロッジ(参加者 29 名)

10/17   施設見学…… 町田福祉園  ( 田辺 )

10/18   TKK 定例会  世田谷ボランティアセンター   ( 高橋 )

10/20   高次脳機能障害支援普及事業第 1 回地方支援拠点機関等全国連絡協議会  ( 伊藤、田辺 )

11/6   厚労省社会・援護局障害保健福祉部企画課 宮本哲也氏 /TKK 懇談 ( 田辺、他 TKK4 名)

 

 

インフォメーション

11 回東京都障害者福祉交流セミナー

〜 高次脳機能障害者の理解と地域連携の充実をめざして〜

日時   2006 11 28 日(火)

9 45 分〜 16 30

会場   東京都庁第 1 本庁舎 5 階大会議場

午前の部は、エコー合宿にもご参加いただいた首都大学教授であり、医師の渡邉修先生のよる「高次脳機能障害の回復に向けた取組み」をテーマとした基調講演です。ここでは、エコー会員の伊地山悠子さんのお話があります。午後からは、「地域における高次脳機能障害支援機関の連携構築に向けて」のパネルディスカッションを予定しています。

 

 

今年度も賛助会員へのご協力宜しくお願いします。

年会費 (4 月〜 3 月 )  1 口  2,000 円

郵便振替        00180-0-546112 サークルエコー      

正会員 ( 当事者家族 ) は、入会金なし、年会費 3,000 円です。

 

訃報 ご冥福をお祈り申し上げます。

板倉健さん(51 歳)

平成 16 年 2 月、くも膜下出血の後遺症により高次脳機能障害。平成 18 年 11 月、入院中の病院で誤嚥事故により急逝されました。

 

 

 

2006 年 11 月〜 2007 年 1 月

エコー行事予定

・えこーたいむ            11/18、12/2、1/20

・クリスマスパーティー    12/16

・多摩エコー……随時

・ナノ……随時

・フレンズハウス(瀬戸市)毎週月曜、第 1・3 金曜、第 4土曜

 

えこーたいむ 会場 

 渋谷区神宮前 4-8-9  神宮前作業所

 地下鉄銀座線 / 千代田線 / 半蔵門線

表参道駅下車 A2 出口 徒歩 3 分

 

 

編集後記‡今号から会報の編集を担当するようになりました。「心のファイルから」や「喜怒哀楽」、みなさんからいただいた原稿は、読んでいてどれもが切なく、グッときました。みなさんの声、うまく誌面に反映できていますでしょうか。ご意見ございましたらお寄せください。次号の参考のためにも……。

 

ホームページ作成担当者からのお詫び

vol.26(2006年11月号)より会報がリニューアルされました。これに伴いホームページ作成用データも以前の会報とは異ななった形式になりました。

しかしながらホームページ作成担当者の技術的な対応が遅れたためホームページへの掲載が遅れました。サークルエコーの皆様、cirle-echo.comの読者の皆様にご迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。