高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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   VOL.25(2006年8月号)


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[主な内容 ]

・高次脳機能障害支援普及事業に向けて

・44万人の署名提出に参加

・セミナーと視察、交流の二日間

・市川市の「高次脳機能障害の当事者・

 家族が集う会」とサークルエコーが交流

・ナノ便り

・九州より近況報告

・神奈川大学・大師高校での授業に感想文 

・行事・会合報告     

・「マリン横須賀」発足


――― わたくしたちの会は―――  事故や病気によって脳にダメージを受けると、新しいことが覚えにくくなったり、意欲が低下したり、感情のコントロールが難しくなるなどのため社会生活の様々な場面で問題が生じることがあります。このような後遺症を高次脳機能障害といいます。目に見えにくい障害のため、社会の理解を得にくいこと、したがって現行の福祉制度を利用することが難しい点が大きな問題となっています。サークルエコーは、高次脳機能障害をとりまく様々な問題の中で、特に日常生活に「介護」の必要な重度の障害について取り組んでいます。  

 

週末の活動場所 「えこーたいむ」 第1・3 (土 ) pm 1時〜5 時

渋谷・神宮前作業所
事務局:〒2010013
東京都狛江市元和泉2−7−1 TEL 03-3430-8937 

   

 TKK(東京高次脳機能障害協議会)は隔月の定例会を通じ、国や都の取り組みについて議論し、行政との交渉に臨んでいます。

【厚労省担当者と懇談】

620日、厚生労働省において同省社会援護局障害保健福祉部企画課の武井貞治氏とTKKの懇談が行なわれました。武井氏からは、4月から自立支援法が施行されているがモデル事業後の高次脳障害者については10月の普及事業の実施まで、科学研究班により間断のないよう取り組まれているということ、普及事業は一般的な分かりやすい方法で、医療、福祉に取り込む姿勢が生まれるようなものにしたいということなどが語られました。

TKKは、東京都が厚労省のモデル事業に参加しなかったこともあり、これまでの都独自の実態調査や事業が今後、国とどのような整合性をもつことになるのかという質問をしました。これに対して、研究班は全国をブロックに分け実態調査や研究を行なうこと、東京都も勿論、その研究班にはいっていること、また、75日には都道府県の担当者向けの研修会を実施するなど全国への普及活動が着々と進行しているなどの回答がありました。

しかし、様々な事例については、「一つの仕組みの中で全てをやるのは難しい。自立支援法とつながらないからといって何もしないということではない」ということで、すべてを自立支援法にのみ求めることはできないことが語られ、TKKとしては今後もこのような会合を継続する中で要望していきたいと申し入れました。

 サークルエコーからは、モデル事業では、重度者への支援が明確にならなかったことについて質問しました。武井氏は、「重度者へのサービスの系列が少ないのは事実である。今後は行政の問題として取り組んでいく必要がある。重度などを含めモデル事業はこの研究班に引き継がれている」と答えました。会合にはTKK側からは8名(エコーより高橋、田辺)参加しました。

 

東京都の取組み】

東京都では昨年度、福祉保健局医療政策部医療政策課に「高次脳機能障害者支援モデル事業検討委員会」(座長:渡邉修首都大学東京教授)が設置され、「地域支援ハンドブック(素案)」が作成されました。本年度は都内の2区市町村のモデル地区でハンドブックの内容が検証され、年明けには報告書が作成されることになっています。

626日には、福祉保健局障害施策推進部計画課が事務局となる「高次脳機能障害者支援実態/ニーズ調査」の打ち合わせ会が行われTKKより矢田代表、今井副代表、田辺副代表が参加しました。もうひとつの事業が動き始めたということです。これは、17年度の東京都障害者施策推進協議会の9月の中間のまとめで、「高次脳機能障害者の社会生活・地域生活上の支援ニーズの調査を実施する」とされたものの実現化です。都からは、この調査では@何を浮かび上がらせたいかA調査の方法B調査の設計、について慎重に検討して実施したい、また、99年調査で漏れた重度者にも焦点というTKKの要望を取り入れたものにするという意向が述べられました。 

(田辺和子、高橋俊夫)

44万人の署名提出に参加(リハビリ日数制限反対) 

4月の診療報酬改定で、医療保険を使ったリハビリテーションに180日の日数制限が設けられた問題で、これに反対する「リハビリ診療報酬改定を考える会」は、630日、代表・多田富雄東大名誉教授、兵庫医科大・道免和久教授らが患者団体と共に厚生労働省に44万人分を超える署名を提出しました。署名呼びかけ人の一員として共に活動してきたTKKからも7名(うちエコーから田辺、西田)の他、JTBIAの東川会長、奈良脳外傷友の会の大久保会長、若者と家族の会兵庫支部の塩乾代表、ポリオの会メンバーなども参加しました。記者会見はテレビ中継が行なわれ、大勢の新聞記者も集まり、とても緊張した場面でした。厚労省は高く積み上げられた人たちの思いを重く受け止めてほしいと思います。  (西田宏美)    

 

 

セミナーと視察、交流の2日間 

7月8日に名古屋市立大で開かれた「脳外傷者の地域生活支援」のセミナーに参加しました。座長の阿部順子先生から17年度から行っている「交通事故等による高次脳機能障害者の在宅ケアのあり方に関する調査研究」の報告のあと、3人の講師による講演がありました。

小川喜道先生(神奈川工科大学)は、10年にわたって関わっておられるイングランドの様子、イギリスにおける地域リハビリテーションについて語られ、援助者の姿勢・力量が大事だと強調されました。年内にイギリスから就労支援の専門家を招き、セミナーを計画されているそうです。

麦倉泰子先生(関東学院大学)は、オーストラリアの福祉制度やクイーンズランド州の脳損傷者の概要・リハビリの流れ・ケースマネジメントなど視察された実情を報告、「地域の中で生きる」を徹底させていると語られました。

納谷敦夫先生(堺脳損傷協会)は、行政に携ってこられた立場、精神科医の立場、重度の脳損傷をもたれたご子息の親としての立場での脳損傷の解説と、この春、ご子息とともに訪ねられたクイーンズランドの脳損傷施設の様子を現地の脳損傷者との交流の映像を交え話されました。

その納谷氏が企画された大阪の医療・福祉関係者の「高次脳機能障害を理解するツアー」に急遽、東京の研究グループ、東京/瀬戸のサークルエコー会員(田辺、豊田)もジョイント。7日から2日間にわたり作業所「笑い太鼓」とそのグループホーム、東岡崎の作業所「サンライズ」などを見学しました。加えて、7日は深夜まで東西の交流会、また、8日のセミナー終了後は、三重TBIネットワークの古謝代表の呼びかけで、名古屋・三重のリハビリ医療職や家族会の方々と東京・神奈川組(研究グループや家族会リーダー)の夕食をご一緒しながらの交流会が開かれました。専門職の方に家族の思いを聞いて頂いたり、研究者の思いを聞かせて頂いたり、家族同志が共感したりと有意義な研修と交流の2日間となりました。関係者各位に厚く御礼申し上げます。             (豊田幸子、田辺和子)

 

親亡き後ということば

田辺和子

 

交通事故などの外傷や脳卒中・心筋梗塞などの病気の後遺症がもたらす高次脳機能障害という障害名は近年福祉関係などの人には少しは知られるようになってきた。記憶すること、物事を順序よく行なうこと、感情をコントロールすることなどが出来にくくなり、また知的能力が低下することなどで、これまでの生活が大きく変わる。仕事や学校を止めざるを得なくなったり、サポートがないと生活できなくなったりする人も多い。

10年余り前、大学生の息子が高次脳機能障害を負い、私は障害者の親になった。いろんな障害の関係者や専門家や家族に会ったとき、分からないことばや、不思議なことばが沢山あった。中でも「親亡き後」ということばに一番、違和感を持った。会話の中にいきなり「親亡き」と文語体が出てくるのでびっくりした。専門家の独特の言い回しかと思ったら、誰もが使っていた。

障害を持っていなくても、どうしようもないグータラ息子やグータラ娘もいる。それこそ、親は後々まで心配だろう。でも、そんな話題の中で「親亡き後」という用語化したフレーズはあんまり聞いたことがない。

そのうち、いろんな事情に出会い、障害をもって生まれたお子さんを養育してきた親御さんたちの立場などが分かってくると、そうだろうと理解も出来るようになった。

しかし、それにしても、成人して独立した生活をしていた青年や壮年が障害を持つと一様に親の元に帰ってくる、というのは自然な成り行きなのだろうか。ことに親がすでに老後という域に達している場合、子(成人)の立場にしても、親の立場にしても、なんだかなー。

仲間たちと活動をしていると、同じような境遇の人からの相談電話が沢山かかってくる。

いよいよ自分たちの老後の生活を考えようとしているとき、独立して暮らしていた息子や娘が障害を持ち、それでも何年かは頑張って介護してきたけれど、もうどうしようもないのだという悲鳴に似た電話に、こちらも一緒に途方にくれる思いになることもある。

 そんな時、「親亡き後」ということばを思い起こす。やっぱり変だ。このことばは罪だ。親亡き後という発想があるから、親がいる間は親の責任だと行政は手をこまねいているんじゃあないだろうか。

 私は、次世代の人として生きている息子を少し離れて見ていたい。そして物言えぬ息子のために代弁者の役割はしっかり果たしたい。ギリギリまで手厚い世話をして「あとはよろしく」といきなり手放すことこそ無責任という気がしてならない。しかし、そのような場はなく、作るためにはハードルはあまりに高い。 

日本障害者リハビリテーション協会 「ノーマライゼーション」 20065月号より

千葉県市川市の「高次脳機能障害の当事者・家族が集う会」とサークルエコーが交流 

 高橋 俊夫
去る5月6日(土)市川市 保健福祉局 障害者支援課 身体障害者地域生活支援センター主催で7組の当事者と家族、千葉リハOTSTの方々、都立駒込病院 金子真人氏(感覚矯正学博士、臨床心理士、言語聴覚士)、サークルエコーの4家族と2名のサポーターさんと「調布ドリーム」の当事者たかふみさんの約30名の交流会が下記により開催されました。
@ 伊地山さん講演(下記参照)A 金子真人氏講演(下記参照)B 自己紹介・配布した手記を参考にしていただきながら経験してきたこと、手帳の取得・通所施設の利用状況を中心に紹介しました。集まった方の発表は原因と発症時期が中心でしたが比較的軽度の方が多く、当事者自ら紹介されていましたがやはり途中から家族の方がフォローする場面が多いようでした。また高次脳ということで受け入れてくれるところが無い、通うところがあれば等が聞かれました。C 東京都作成の「高次脳機能障害の理解のために」パンフレットを元に後遺症は複数の形で残ること、その程度もそれぞれ違う、病院でも解らず自宅に戻って初めて解る症状がある。 家族をはじめ、スタッフも状態をよく理解することは介護に工夫が生まれ、環境調整にも役立つ。車の乗降、着替え、洗顔などスムースに行えることもあるなど私の経験を踏まえ説明しました。また都内では家族会の集まリである「協議会」があり、行政への要望書提出、情報交換、HPの開設などの活動していること、千葉県は国のモデル事業に千葉リハビリセンターがメンバーに入っており今後支援コーディネーターを中心に支援普及事業から実施されていく事を補足しました。このような地域を越えての交流会は正に初めての体験でしたが高次脳障害の相互理解のためには貴重な1日でした。ただ時間が足りなく日常生活など細かな対話が出来なかったのは心残りです。今後このような機会があればまた進んで参加していきたいと思います。

地域で生活する為に                                     伊地山 敏                     

奇跡の生還をされた当事者それぞれにドラマがあります。その1例として娘の事例を紹介しました。◇溺水し浜に上げられた娘に心肺蘇生をして下さった方は、偶然居合わせたライフセービングの指導者でした。現在、早稲田大学の講師もされているその方と連絡が取れ、先日、講義後に我が家にお越しいただきました。当時のことは鮮明に覚えておいでで、「体は真っ白で生き返るとは思えない状態でした。その場に居合わせた誰もが、各々の経験、知識の全てを出し尽くし、にわかレスキュー隊として救命にあたりました。今は、作業所に通われているそうですが、あの時の事を思うとよくここまで来れたと思う。」と語られました。「この歳で死んでたまるか。」と思った娘の想いと生き返らせようと必死だった皆様の想いがどこかで通じ合ったのかもしれません。◇次に高次脳機能障害の中でも、低酸素*1)と脳外傷両者のおおまかな違いについて各々の当事者にも参加いただき説明いたしました。脳損傷程度によりますが、低酸素当事者は単身生活は困難であり、見守り、声かけ、確認、うながしが必要と考えます。◇そして最後に、娘が地域で生活する為に私たち家族が取り組み、続けていくことを2つ挙げました。

T ADL*2)が自分でできるようになること・・ヘルパーの援助により朝食を1人で作ったり、食事用の買い物を1人で行うことを可能にしました。

U 社会参加をすること・・環境状況も考慮してくださる福祉センターに通所。地域の作業所ではパソコンを身につけると共に人と関わりを持てる環境作りを心掛けて下さっています。

調布市では本年度、地域生活支援事業の中の高次脳機能障害者への1人1人のニーズに応じた支援としてガイドヘルパー派遣も検討に入れてくださいました。◇これからも、ゆっくりと諦めず生活を楽しみつつ、脳を機能させることで構造を変えるリハビリを続けようと思います。

 有意義な交流会を企画して下さった市川市身体障害者地域生活支援センターの竹野所長、山口様、当日までの準備やらご配慮ありがとうございました。またエコーサポーターの村田さん、お世話様になりました。

*金子真人氏のご指導で悠子のリハビリを始めて5年になります。

*1)低酸素についての説明はエコーHP低酸素脳症とは?をご覧下さい。

*2ADLは日常生活動作を指します。

高次脳機能障害と家族の役割 

都立駒込病院 臨床心理士 言語聴覚士  金子 真人

20年以上にわたり高次脳機能障害の方々とのリハビリテーションに関わってきました。その中で最も感ずることは、発症原因や発症年齢などで相違はあるものの高次脳機能障害は少しずつでも確実に改善していく可能性があるということ、そして高次脳機能障害者を取り巻く環境、とりわけ家族がとても重要な役割を担うということです。

高次脳機能障害に対するリハビリテーションでは、次の3つの条件が揃うことを心掛けています。@専門家による評価・指導を継続的に受けられるか。A障害を理解し中心的に接する人がいるか。B社会的資源を利用し、向社会的な活動との接点を持ち得るか。これら3条件はどれも高次脳機能障害のリハビリテーションを考える上でとても大切なものです。

@専門家による客観的な評価は、家族や周囲の人が高次脳機能障害の本態を理解する上でとても大切です。高次脳機能に関する基本的な認知機能の評価は、保たれた認知機能を見極め有効に活用するための指針を与えてくれます。また、専門家は家族への良きアドバイザーとしての役割を担う一面があります。A高次脳機能障害に対する良き理解者がいるということは、機能的回復を担うリハビリテーションにおいてもたいへん重要な鍵となります。高次脳機能障害のリハビリテーションでは、その障害の重症度に関わりなく自立ある行為・行動がとれるようになることが大きな目標となります。1人で歯磨きができる、着がえができる、電車に乗れる、仕事ができるなどです。失敗をおそれずに繰り返し一歩一歩挑戦することが大切です。そのためには数年にもおよぶ長い歳月を繰り返す必要があるかもしれません。その過程において見守り、いたわり、励まし、叱咤する良き理解者が必要になります。B専門家と家族のような良き理解者に加え、どうしても高次脳機能障害を克服していく過程で必要なものが生じます。障害の程度にかかわりなく社会との接点をどこかに求めなければなりません。友の会活動や福祉施設のデイケア、作業所、職場などです。高次脳機能障害のリハビリテーションではこのような社会の場を通して機能改善を計り、同時にその場が機能評価の場となっていきます。高次脳機能障害のリハビリテーションのためには社会の理解と協力が不可欠であることを一層アピールすることが必要なのだと思います。

 

ナノ便り  学習会 & スーパーよさこい ♪♪ 
 三郷市を中心に活動する「ナノ」は、68日に三郷市早稲田の地域生活支援センター「パティオ」にて、サークルエコー・田辺和子を講師に、「高次脳機能障害」学習会を開きました。地域の医師、ソーシャルワーカー、介護従事者、当事者家族など17名が参加しました。

 「高次脳機能障害の取り組みの歴史」「国や東京都の取り組みと今後の行方について」「自立支援法と高次脳機能障害支援普及事業」などのテーマのほか、高次脳機能障害者の症例別のビデオなどで学習しました。 講演のあと、参加者も順にそれぞれの立場や実情、問題点を発表しました。支援の及ばない当事者や施設の抱える問題が浮き彫りにされました。また、自治体による取り組みの差異についても考えさせられました。                                

8月26日、27日原宿表参道元気祭スーパーよさこい今年も参加します。 今年は、楽曲、振り付け、衣装、鳴子すべてオリジナルです。共に触れ合い、参加するという目的のもと、踊り子、旗氏、ボーカル、ボランティア さん含め 総勢120名でのナノ夏の恒例行事です。
 
今年の必見は、地域特産物小松菜をナノシンボルマークである馬が食べているオリジナル鳴子。 高知、子高坂更正センターとナノボランティアメンバー金野悦子さんが試行錯誤の末作ったちょっと笑える可愛い鳴子です。7月23日は、千葉県新松戸で行われた、新松戸祭りでフレッシュ熱演賞をいただきました。11月19日は、ナノ祭り。埼玉県三郷市文化会館大ホールで開催します。少しづつ、少しづつですが、ナノお互い様ネットワークの輪が広がっているような気がします。
♪8月26日タイムスケジュール♪
 
ステージ・・・ 文化館ステージ14時8分

原宿口ステージ16時20分

代々木公園入り口ステージ17時38分
 
パレード・・・ NHK前ストリート18時55分

(ナノ・谷口眞知子)

エコーの皆様へ  九州より近況報告 

                                                大分市 三浦 千佳子

「本日は十時花園におじゃまさせていただき本当に楽しいひとときでした。実際に見たことでいろいろ構想が浮かびました。何よりアヤちゃんの瞳が輝いていることが大変うれしかったです!!!みんなが見ている中で作業をにこにこしている姿を見て、彼女の自信を感じました。本当に本当によかったですね。中島恵子」 九州ルーテル学院大学の中島先生からいただいたメールです。嬉しくて嬉しくて何度も読みなおし、私達家族と共に今日まで娘を支えてくれた方たちの顔が浮かび胸が熱くなりました。

娘は14歳の時病気の後遺症で高次脳機能障害となりました。養護学校の高等部を今年卒業し4月から週2〜3日、自宅から車で1時間弱のところにある「十時花園」で園芸のお手伝いをしています。

十時花園は脳外傷「ぷらむ」大分代表の十時さんご家族が営んでいる花園で、息子さんが高次脳機能障害の当事者です。3年前「ぷらむ」の総会で知り合い、この障害に無知で行き詰っていた私と気力のない弱々しい娘を心配し、気にかけてくださり家族ぐるみのお付き合いが始まりました。

養護学校では卒業後の進路の訓練目的で定期的に授産所などで実習があり、娘も箱折りなどの実習をしましたが、仕事内容を理解出来ない、雰囲気に馴染めないなどで嫌がりそれからは実習を強く拒否するようになりました。日々の生活の多くに介助、声かけが必要で、ひとりでの外出も難しい、そんな娘は卒業後どうしたらいいのか・・困っていましたが「十時さんのハウスに行きたい」そう言い出したのは娘でした。十時さんは知り合ってすぐから、うちのハウスに遊びにおいでと言ってくださいましたが、私は運転が苦手だし大分県人でもハウスの住所を聞いてもどこだかわからない??すごい田舎、山と川しかなく道も舗装されていない…正直自然の良さを知らない私は興味がなく、なかなか足が向かなかったのです。でも一度は行かなきゃ悪いかな?その程度の気持ちで出掛け、娘は気に入らない場所では車から降りないのでたぶんダメだろう…そう思っていたら、初めて行った日にすっかり娘のお気に入りの場所になりました。山の緑はまぶしく、川の流れる音は心地よく、風がとっても気持ちがいい、それに温かい人の輪、その中で娘は抵抗なく過ごせたようでした。それ以来学校の実習時期になると「十時花園」が娘の実習先となり、この春からは押し掛け従業員となりました。十時さんは初め戸惑われたようでしたが、快く園芸リハビリだと受けてくださいました。本当は十時さんも私も《続かないだろう・・》と思っていたので娘の気が済むまでやらせてみようと軽い気持ちでした。作業内容は野菜の種まき、ポットの土入れ、花の手入れ、挿し木… ピンセットを使ってひとつずつ種をまく細かい作業など、仕事はたくさんあります。仕事の工程や指示を覚えることは難しいけど、メモをとりながら頑張っています。

先日、こんな娘たちの様子を見に中島先生がハウスに来てくださいました。お忙しい中わざわざ足を運んでくださり本当に感謝しています。とても暑い日で、クーラーもないビニールハウスの中を日傘を差して見学してくださる先生、娘も張り切って作業をしていました。お帰りになってすぐあの温かいメールをいただき、長い間折れたままだった私の心がピンと元気になった気がしました。

娘がハウスに通いはじめて約4ヶ月、いろんな変化がありました。自分の気持ちを出さない(出せない)子でしたが、今は声に出して言えるようになりました。会話が出来るようになりました。嬉しいときは笑ったり、少し大人になって?嫌なことも我慢しその場の空気に合わせることも・・この障害特有の問題も多くありますが、何よりも自分の障害を自覚でき始めたことで、これからどんどん娘が変わっていくだろうと私達家族が前向きに考えられるようになりました。

最後になりましたが、5月に九州に帰省中の田辺さんと熊本でお会いすることができました。

「ぷらむ」の安邊さんのはからいで、東京・広島・福岡・熊本・大分の高次脳機能障害団体関係者が集まりとても意味のある顔合わせができました。皆さんは情報交換、各県の取り組みなど難しいお話をされていましたが、私は田辺さんとの感動の対面に緊張しっぱなしでした。初対面なのになぜか懐かしい方に会えて嬉しくてたまらない、そんな気がして今まで遠かったエコーがとっても近くに感じました。エコーに入会した頃は、遠い九州で孤独でしたが今は苦しいことも楽しいことも分かち合える仲間に出会え、私も娘も支えていただいています。

高次脳機能障害を背負ってもうすぐ5年、まだまだゆっくりですがやっと顔を上げて前を向いて歩けるようになりました。エコーの皆様、これからもどうぞよろしくお願いします。 

                              

☆アヤさんのお友達、ナツキさんからの手紙☆

アヤへ

こんにちは!暑い日が続いているけど、体調を壊してないかい?

こんな日にも自然の中での厳しい仕事に汗を流して働いているアヤのことを思うと、涙が出そうになるよ。ここまでよくがんばってきたね。

ねえ、アヤが私に「わたしだって障害者なんで。障害者を悪く言わんでよ。」って言ったこと覚えている?私がアヤの家に向かう途中で、ある障害がある少女と出会って、その少女のことを無神経に語った時のアヤの言葉。静かに落ち着いてアヤが言い放った言葉が今でも忘れられないよ。アヤがいつも酸素チューブを付けていて走れなかったり、なかなか学校に来られなかったりしたこともあったけれど、アヤが自分のことをそんな風に言ったのは初めてで私は衝撃を受けたよ。

高次脳になったアヤに最初に会った時、「話が続かない。さっきも同じこと言った(?)。」私はとても戸惑ったよ。その後で、アヤママからアヤの障害のことを聞いたけれど、正直なところよくわからなかった。でもね、アヤが私の名前を呼んでくれた。そのことがすごく嬉しくて、アヤをもっと知りたい!アヤにできることはないかなって思ったよ。私は少しでもアヤの力になっているのかな。

大学での生活は思った以上に大変で、辛いことがあった。言語聴覚士になることの厳しさを思い知らされたようだった。「他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる」いい言葉だと思わない?これはアヤママから教えてもらった言葉だよ。アヤやアヤママにたくさん支えられてきた、ありがとう。ただ前を向いて進もうと私は決意したんだ。

私はアヤのことをもっともっと知りたいと思っているのに、アヤは自分のことを多くは語ってくれないし、何でも私に任せている。アヤの好きなことは何?アヤの嫌なことは何?遠慮なく私に教えて欲しい。

今日も仕事だったのかな?アヤは会う度に笑顔がよくなっていくね。色白で折れてしまいそうな弱々しい昔のアヤはどこにもいないよ。それもリハビリやきつい仕事にがんばっているから、大きな自信につながっているのだろうね。アヤのいい笑顔が私の心も潤してくれているよ。

高次脳になる前にアヤから言われた言葉。私はあの時アヤに言われてよかったなって思っている。時には人を傷つけることもあるかもしれないと心に刻むことができたから。これからもいい親友でいようね。そして二人の夢を一緒に叶えようね。           ナツキ

☆ナツキさんは娘と幼稚園が一緒で、その後二人とも引越して、中学でまた偶然同じ学校になりました。その頃娘は病気がかなり悪い状態でしたが、ナツキさんがいつも支えてくれ、障害が残ってからも娘の変化に戸惑いながらも離れることなくいつもそばにいてくれました。このナツキさんがいてくれたから娘にまた笑顔が戻ってきました。中学でまたナツキさんと出会えたのは神様からのプレゼントだったんだな〜と思っています。今はもっと娘の力になりたい、高次脳機能障害のことを知りたいと言語療法士を目指しています。ナツキさんは一生懸命頑張っている子で、人の痛みがわかるとっても優しい子です。ぷらむ大分で娘以外の当事者とも関わり、力になってくれています。ナツキさんのような子が当事者のまわりにたくさんいてくれるといいな〜そう思います。(三浦)☆

 

神奈川大学 & 大師高校での授業に・・・ 感想文が寄せられました!

7月4日、あゆたかの福島先生と息子と私で神奈川大学へ行き、高次脳機能障害のお話をしてきました。また7月7日には福島先生と息子で大師高校へ行き、同じく高次脳機能障害の授業をしていただきました。        (西田宏美)

【神奈川大学】


まったく知らなかった世界をのぞくことができた。これが1番強く感じたことです。市村先生の法律特講を受講し、初めて“障害者”を意識しました。2週間前初めて“高次脳機能障害”を知りました。何も知らない私にとって福島さんと西田さんの話はすべてが新しいことでした。

西田さんが彼女の好美さんが亡くなってしまったんだということを覚えていたとき、また福島さんがいい彼女を見つけないとね、と言ったとき、彼女死んじゃったんだよな・・・と寂しそうに言った西田さんに私は胸が締め付けられる思いがしました。5分しか記憶が持たないが好美さんは心にずっと生き続けているんだと思いました。好美さん、は嬉しいだろうな。 

障害を持って生きる、大変なことだと思いますが、今の生活に満足してるという西田さんに、ずっとずっと満足して生活できる社会を作っていかなければと感じました。                (N.F)


【大師高校】


・西田さんは病気は重いかも知れないけど、それを感じさせないくらい明るくて元気だなぁと思いました。(中略)ビデオを見て思ったけど西田さんは本当にみんなに愛されていたんだなーと思いました。(Y.Y)

西田さんは優しいオーラが出ている人だなぁって思った。話し方だとかも全部。(中略)絵を見せてもらった時思ったのは、絵の具で書いてある絵の配色がとてもきれいで良かった!!(M.N)

・重い喘息で性格をも変えてしまい恐いなって思いました。私の周りには喘息持ちの友達がいて、苦しそうとか思ったことがあるけど、そこまで障害が生じたりするものだとは思いませんでした。(N.M)

・このビデオで最初に見た頃は暴言はいてたりしてたけど、「あゆたか」やみんなの協力があってここまで変れたと思うし、周りの人が理解して協力することが大切なんだな、と思いました。絵を描いてるのを見て、特徴をつかむのが早いと思った。特徴をうまくつかんで絵を描いていた。(中略)病院でのリハビリよりも通所施設とかに行ってたくさんの人とふれあう方が、病気も良くなっていくんだな・・・と思いました。(K.Y)                       

・ビデオで見てたのとはちょっと違って、敬語で自分たちよりも丁寧だなぁって思いました。

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・西田さんは一人一人ちゃんと見て話しもちゃんと聞いて真面目な人なんだなって思いました。優しそうな人で絵もうまくてステキな人だなって思いました。 (H.M)

好きで障害になったわけじゃないけど、一度なった以上どうすることもできないから受け入れるしかない辛さを、西田さんは体験している。