高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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みなさまからのおたよりコーナーです。
原稿はFAXで・・・伊地山までお寄せ下さい。



サークルエコー事務局 〒201-0013 東京都狛江市元和泉2−7−1
TEL/FA03-3430-8937

<編集後記>
5月12日、日比谷公会堂と野外音楽堂で開催された「障害者自立支援法」を考えるみんなのフォーラムに行ってきました。日本全国から6,600人が集まり、今秋にも成立しようとしているこの法案を前に、多くの障害者団体の方々が声を上げ、立ち上がっています。狭間の障害である高次脳機能障害者は、その殆どが介護や介助が必要な、重度のサークルエコーの人々は、どこが、誰が理解し、受け入れて下さるのでしょうか・・?この先安心して生きていける場所は用意されるのでしょうか・・?不安は膨らみますが、希望を捨てずにこれからも声を上げ続けます。

サークルエコー http://www.circle-echo.com/
ナノ http://www.nammy-net.com/nano/index.htm
サークルフレンズ http://cfriends.at.infoseek.co.jp/

☆ホームページ☆

田辺 和子(事務局)   〒201-0013 東京都狛江市元和泉2-7-1TEL/FAX 03-3430-8937
谷口眞知子(ナノ)    〒340-0822 埼玉県八潮市大瀬1407-119 TEL/FAX 0489-95-5784
豊田 幸子(フレンズ)   〒489-0987 愛知県瀬戸市西山町1-60-20 TEL/FAX 0561-82-1498

サークルエコー 連絡先

2/19 えこーたいむ                             (西、識夫妻、田川  計6名)
第5回「高次脳機能障害」学習会:愛知県瀬戸市              (豊、丹  計4名)
2/26 TKK 於新小岩・社会福祉会館                                      (識夫妻)
2/27 講演会「高次脳機能障害者の生活支援」  講師、板橋・のびるの会                 (田)
3/5 えこーたいむ                  (田、西、識夫妻、田川、高、篠、岡  計10名)
3/13 ふらっと船橋 交流会  今井氏、植田氏                            (田)
3/15 講演会「グランドデザイン」   町田ヒューマンネット 堤愛子氏           (田)
取材 共同通信     狛江・田辺宅                           (田)
3/16 相談窓口  賛助会員Y氏                          狛江・田辺宅(田、西)
3/18 講演会「成年後見制度」         狛江あいとぴあ                   (田)
3/19 東京都医師会・医療福祉研修会「高次脳機能障害」   信濃町        (田、識夫妻)
3/25 渋谷   ルーテル大 中島教授                                 (田)
3/26 JD 障害の定義・作業部会    西新宿・児童福祉財団ビル               (田)
3/27 JTBIA運営委員会      戸山サンライズ                          (田)
3/29 東京都障害推進協議会・傍聴    都庁                           (田)
4/2 えこーたいむ         (田、谷、西、伊、識夫妻、田川、廖、高、村、篠、岡  計14名)
工房「笑い太鼓」 桜まつりに参加    愛知県豊橋市                (豊、丹)
4/3 講演会&TKK打ち合わせ    国領                      (田、西、識夫妻)
4/5 懇談   立教大・赤塚教授    狛江                             (田)
4/10 TKK          武蔵境・高橋宅                         (田、識夫妻)
4/16 えこーたいむ                  (共同通信・前田氏、谷、西、伊、識夫妻、計7名)
4/17 調布ボランティアまつり           調布市役所                   (田、西)
4/20 公明党ヒヤリング&各団体顔合わせ   参議院議員会館                田、伊)
4/22 懇談 「高次脳機能障害・ウェブ掲示板について」 精神科医ほか          (田、西)
4/23 JD 障害の定義・作業部会       西新宿・児童福祉財団ビル          (田)
4/27 東京         東京都障害推進協議会・傍聴     都庁               (田)
5/7 えこーたいむ               (田、谷、西、識夫妻、田川、村、篠、三   計11名)
5/8 会計監査             狛江・田辺宅           (田、識夫妻、塚   計6名)
5/8 「第6回脳損傷世界会議」    於メルボルン                         (伊)
5/9 ロイヤル・シドニー・リハビリテーションセンターリバプール・ホスピタル当事者と家族の交流
作業所見学  シドニー                                     (伊)
5/12 「障害者自立支援法」を考える、みんなのフォーラム 日比谷公会堂 
                                     (田、伊、識夫妻、村  計5名)

サークルエコー行事・会合

高次脳機能障害セミナーに出席して 
 3月22日、私が住む横須賀市では過去5年来初めてと思われるセミナーが開かれました。横須賀市浦上台身体障害者相談サポートセンターが主催、神奈川リハビリテーション支援センターのソーシャルワーカー・生方克之先生、神奈川リハビリテーション病院の心理科・坂本久恵先生をお迎えしての、現場で働く方々を対象にしたものでした。
 まだまだ知られていないこの障害について、みなさん真剣に先生方のお話に耳を傾けておられました。より多くの方々が、理解を深め又横須賀でもっともっとこの障害について理解が広まることを
願います。(み)

えこーたいむ 会場  
[住所]
渋谷区神宮前4−8−9
           神宮前作業所
[交通]
地下鉄銀座線/千代田線/半蔵門線
表参道駅下車 A2出口 徒歩3分

 主人は平成13年11月1日、急性心筋梗塞で近くの大学病院の救急救命センターに運ばれました。
深夜3時頃胸が苦しいと起こされた私は、そんなに重篤な状態とは考えませんでしたが、深夜という事もあり救急車を呼びました。救急隊員が到着して主人は自らの足で救急車に乗り込み、説明している最中に突然意識を失い、心室細動という心臓が痙攣状態でポンプの役目が出来なくなってしまいました。
 直ぐに除細動機でショックを与えられ三度ためしましたが改善されず、心肺蘇生をしながら救命救急センターに運ばれました。その光景はテレビでよく見る光景で、なぜか自分事のように思えず、ただ臆病な娘だけには見せられないとの思いで私の方に向けしっかり抱きました。その時の小さな体を硬くししっかりしがみ付いていた娘の重みを今でも忘れられません。
 救命センターに運ばれ、どの位時間がたったかわかりませんが、先生からの説明があると言われました。
処置室から出てきた先生はきわめて厳しい顔で、「冠動脈の詰まりによる急性心筋梗塞、四十分の心肺停止、ステントによる処置、今は人工心肺装置、人工呼吸器により生命を維持している状態で、極めて危険な状態です。危険な状態を切り抜けたとしても、四十分の心肺停止状態による低酸素脳症の後遺症が出るかもしれない」と説明されました。その後ICUに移され、何度も危険な状態があったものの一週間で一般病棟に移れましたがそれからが大変な日々でした。本来は穏やかで声を荒げた事がなかった主人でしたが、奇声を上げたり、無意識に動き点滴をはずしたり、私に手を上げたりしました。そこで低酸素脳症による高次脳機能障害と診断されました。

 一番困ったのは声の問題です。意思表示と理解したくともその言葉にならない声に、一日中付き合うのはとても辛いものです。病棟のエレベーターを降りると、廊下いっぱいに主人の声が聞こえてきて、その声で私も心が押しつぶされそうになりながら病室に向かい、主人の回復を信じ、少しでも何かの刺激をと、CDを聞かせたり、足裏をマッサージしたりとにかく必死でした。その時の私は主人の事でいっぱいいっぱいになってしまい、子供の繊細な心の細かな所まで気づいてあげる事ができていませんでした。穏やかで優しかったお父さんが声ばかり出して、変わり果ててしまった状況を子供ながらに心を痛めていたんです。娘は食事を取れなくなり、無理に食べようとしても飲み込めないなどの症状が出て、あっという間に4キロも痩せてしまいました。
 看護士さん達は嫌な顔一つせず、主人に対して何がいいのか一生懸命考えてくれ、一見何もわからないような主人でしたが、一人の人間として話しかけてくれ対応してくれました。ただ一般病棟ということもあり、やはり家族としては肩身の狭い思いでした。大学病院のソーシャルワーカーさんも、“今までこんな例見たことがない”と転院の話しが出ても、何科の病院を探せばいいのかさえも解らない状態でした。
 主人の場合、身体的にも障害が出てしまい、意思疎通、声の問題など考えると精神科だけど、精神科は身体の不自由な人は受け入れられない、かといって一般の病院は受け入れられないだろうと言う事でした。
現に色んな所に問い合わせしても無理で、面接までこぎつけてもやはり無理という返事ばかりでした。そして二度目のトライでやっと受けてもらえたのが神奈川リハビリテーション病院でした。
 どこも「うん」と言ってくれなかったマットでの対応もしてくれると言う事でしたし、何より「声の事はここでは気にしなくていいんですよ」と言っていただけたのは、私と娘にとっては天国のようでした。皆さんが明るく対応してくださり、何よりも主人は何もわからないからと子ども扱いせず(本当はよーーく解っているのです)、一人の人としてお話してくれたのが何よりも嬉しく、娘も次第に明るさを取り戻してくれました。
 「私たちにとって大事な家族」という想いを、先生をはじめ看護士さん、訓練の先生方が理解してくださり、それに合わせた対応をしてくださった事は、何事にも前向きにという今の私の考えの力になっています。

 現在在宅生活丸二年、介護保険、支援費制度のお世話になりながら生活が成り立っています。主人もヘルパーさん、デイサービス、ショートステイのスタッフの方々に楽しいお話をしてもらい笑顔も増えました。
皆さんが一人の人として主人と関わりあっていただけることを感謝しています。これからも皆さんに感謝しつつ、関わりの輪を広げながら明るく楽しく生活できるようにしていきたいと思います。

片岡 法子

突然の出来事の中で

大地の塔の万華鏡や三菱館の「もしも月がなかったら」、
外国館(イタリア・スイス・オーストリア・ロシアなど)万博の
目玉「マンモス」などを見ました。特に印象に残ったのは、
万華鏡の美しさとチェコ館で食べたデザート「アップルシュトゥルーゼル」
でした。また行きたいと思います。   (カオ)

愛・地球博に行って来ました!

 1月15日SOみさとトーチランに続き、3月5日の信州の山並みを連想させる長野「エムウェーブ」の広い会場でSO閉会式が行われました。ナノ・斉藤幸子と共にオープニングパフォーマンスの楽曲にのせられ、ここのところ何事にも熱いみさとツアー発ウェーブを発信してきました。
 「今、会場でウェーブが起こりました」と場内アナウンス。何周も途切れることなく、会場全体がひとつになり感動の瞬間を体験してきました。
 SOの理念である Let’s Celebrate Together!(皆で集い、共に楽しもう)。
 大会委員長・細川佳代子氏の「今日からスタート」というスピーチ、続けること、知ってもらうこと、当事者も参加する場を持つこと・・・ナノはそのような活動を目指したいと思います。
 まだまだ障害に対して理解も支援もきびしく壁にぶちあたることも多い日々ですが、心のバリアフリーが全国に広がることを祈って1泊2日の素敵な思い出を胸に帰路につきました。 (ま)

ナノ便り・長野SO(スペシャルオリンピックス)冬季世界大会に行ってきました。

 病院での待ち時間、大好きなケーキの本を見ていた娘が「お母さん、このチーズケー キを作りたいけど家に無い材料はどれ?」と聞きます。 私は無いものを教え、帰りに買う約束をし、足らないものをメモさせました。スーパーへ寄り、娘はメモを見ながら一人でケーキの材料を買いました。家に帰ってからも、ケーキを作るのに必要な器具や材料を一人で調え、本を読みながらケーキ作りをはじめました。
 私は、一緒に居ると手も口も出そうなので、庭掃除を始めました・・・(内心、たぶん失敗するだろうな、失敗してもやる気になった事を褒めてあげよう。)
「お母さん、出来たよ!」 
「出来たの?どれどれ味はどうかな。」 
「ちょっと見映えは悪いけど、味は良いと思うよ。」
「これは美味しい!一人で全部作った事を思えば上出来!」
「本当?」
「本当に美味しいよ!」
「じゃあお父さんにも食べてもらおう。」
 ケーキ職人をめざしていた娘が、事故から11年目にして初めて全てを一人で作ったのです。母娘でケーキは良く作るのですが、いつもは私の指示を聞きながらのケーキ作り。それが、買い物から始まり、器具や材料の調達、本を読みながらのケーキ作り・・・ その間一度も頼りませんでした。
 娘も嬉しかったでしょうが、私のうれしさは格別でした。お隣さんに「カオが事故以来はじめて一人で作ったケーキです、食べてやって!」と、おすそ分け。仲間やボランティアさん達にも、試食してもらいました。孫にも、主人が「お姉ちゃんが作ったケーキだよ、美味しいから食べなさい。」と渡しました。私が食べたのは、ほんの一口でしたが、どんなケーキより美味しく・幸せな気分になれました!!

豊田 幸子

☆ 一人で作ったケーキ

 半年間、闘病生活を続けた母が、力つき亡くなりました。最後まで、まわりに気を使い、容態が急変するその日まで会話をすることができました。
 母が入院した病棟は、高齢者の方が多く一人一人、それぞれの事情や、病状を目のあたりにすることも多くありました。患者のつらさ、介護、看病する家族のかかわり、又医療の現場、それに続く葬儀のあわただしさ。次々とつきつけられることも多く、緊張と一喜一憂の日々を過ごしました。
 呆けなくてよかったねというねぎらいの言葉に呆けが出てたら、きっと看病する家族はもっと回りに気を使い、疲れ果てたのかなと思ったり・・・ 誰一人好きで脳が壊れていくわけじゃないのにと思ったり・・・
脳がこわれていく母をみないですんだのは良かったのか、悪かったのか・・・
 孫に心を残し、皆にみとられ、今年の桜をみることも無く、逝ってしまいました。

谷口 眞知子

☆ さくら (桜)

喜・怒・哀・楽

伊地山 敏

「忘れる脳との闘い」・・放送に思ったこと

フジTVスーパーニュースの特報として「高次脳機能障害」を紹介する番組が予定され、娘がその当事者として取材を受けてみては?との声をかけて頂いたことから始まりました。
 娘は多くの方たちの協力と救急救命医療の進歩によって救われた命なのですが、私達には急速なこうした医療技術の進歩とは裏腹に事故後の高次脳機能障害者への社会の理解や福祉行政の立ち遅れというものを逆に強く感じておりました。事故は多種多様、人其々に形を変えたとしても、誰にでも起こり得る問題です。科学、医療の中でも最も未知なる領域の脳内のことであり、又、外からはその障害が見えにくいため、社会からはなかなか理解して貰えない苦悩が当事者とその家族にはあるのです。
今回の取材にはこうした「高次脳機能障害」を少しでも社会に理解して頂く一助になることだけを願いましたが、番組ディレクターには家族の願いと期待に良く応えて頂き取材を受けたことがとても良かったと思いました。「忘れる脳との闘い」番組放映後は様々な反応がありました。高次脳機能障害を抱える当事者からは、自分の障害を周囲からなかなか理解して貰えないもどかしさを訴えたもの、当事者の家族からは、同じ悩みを持つ家族としての共感と私たちへのエールを頂く内容が多数ありました。
娘を知る地域の方からは、声をどうかけてよいものか分からないので遠めにみていたけれど、これからは声をかけてみるねと言ってくださる方のように、分かりやすい映像を通じて当事者本人の障害の内容を理解し、地域の方々との距離が縮まってきたのは大変嬉しいことでした。
福祉行政の狭間に落ちているため高次脳機能障害者には「高次脳機能障害」としての居場所がどこにもないと言う現実があります。娘は不幸にも「身体」障害も抱えていたため地域におけるディサービスを受けることができたのですが、更にここでは高次脳機能障害者への暖かな配慮もして頂くことができました。
従って、逆に今後の地域における福祉行政の方向性として、ぜひこうした福祉サービスを「高次脳機能障害者」に対しても広く開放されるよう訴えていく必要があると考えます。
最後に、この場をお借りし映像にあった娘のことをとても理解し支援を続けてこられた地域と医療、福祉関係の皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。見えない映像の彼方には困難な道のりもありました。しかし、娘と家族が希望を失わず、歩みはのろくとも一歩一歩ここまで来られたのも、心暖まる多くの支援者の支えがなければとてもできないことでした。娘と私達家族はこれからもリハビリに努力し、少しでも回復して行く自身の姿が高次脳機能障害の希望の灯となればと願い、社会の恩返しとなることを望んでいます。

フジTVの放送をみて・・寄せられた声 
 私の父も昨年9月に心停止し、低酸素脳症・高次脳機能障害と診断されました。半年が経ちましたが、まだ寝たきりで手足の拘縮も始まっています。意識レベルも奇声を発したり変な動きをしたり完璧に脳が損傷されているんだなと、絶望することも多々ありました。しかし、最近では少しずつですが、家族の問いかけに対して、笑顔で答えたり(ろれつは回っていませんが)、怒らせるようなことを言うと、怒った表情をしたりと、少しずつ人間らしい言動というものが見えてきました。まだまだ奇異な言動がほとんどですが、人間の脳は未知の世界であり、希望を持ち続けて、父と一緒に病と闘い続けようと思います。〔フジテレビHP・・番組に寄せられたメッセージより〕
・ 悠子様、努力しつづけるお姿をたのもしく拝見しています。また、お目にかかりましょう。
・ お会いしてから何年か過ぎ、すっかり落ち着いて悠子さんの運命にご家族で立ち向かっていらっしゃる姿に感銘を受け、筆をとらせて頂きました。どうぞ頑張って下さいますように。

 低酸素脳症後の障害、わが家のケースは言語での疎通が全くできない重度障害者である。大声をあげ感情をむき出すことがあり、集団生活が成り立たない原因の大きな一つとされてきた。しかし、大声も意思表示=言葉の代わりと理解してくださった施設との出会いにより、人らしい生活を取り戻し、今ではたくさんの笑顔も見られる。他のショートステイ施設を利用する当会のメンバーの中にも発語がなく奇声をあげる人がいて、個室で過ごすことを大半とされている。施設からは、利用時の2年間一度も笑顔を見たことがないと言われている。けれど、その方が家庭やその他の施設ではたくさんの笑顔を見せる。うれしい時、楽しい時、彼らは笑う。不安な時は声をあげ、訴える。今、感じたことがだれよりも大きく表現される。
 高次脳機能障害者の中には就労をゴールとしていない者もいる。常に見守りが必要な彼らと閉鎖的な毎日を余儀なくされている者もいる。しかし、家庭に近い小規模な場と適切な対応があれば彼らは早い時期に穏やかさを取り戻し、人らしく生きていけるのである。ぜひ、小規模ホームなどの試行的実施を行い、早期に制度化してほしい。
「ノーマライゼーション 4月号」日本リハビリテーション協会刊 より転載

塚下 枝利花

人らしく生きるために願うこと

重度の高次脳機能障害を持つ人への支援を考える

(村田道子)

田辺 和子

 2月4日のモデル事業・拠点機関等連絡協議会において事業の到達点の概要が示された。時まさに、1週間後の、障害者自立支援法の閣議決定にむけての大詰めの時である。
 高次脳機能障害が国政の舞台にあがりはじめた90年代後半には、各地の家族会では、現行法にいかに高次脳機能障害を組み入れていくかということが最大の課題であった。中でも身体手帳の取得を望む声は高かった。しかし、モデル事業が始まり、行政の考えを間近で聞くことが増えると、行政にはもとよりその考えはなかったことが分かってくる。結局は、高次脳機能障害が問題となり始めた時期から示されていた「精神障害手帳により対応」という方針が、改めて確認されることとなった。
 もっとも、モデル事業が実施されている間に、高齢者には介護保険、身体・知的分野には支援費が導入され、実施が始まったかと思う間もなくその欠陥から、福祉の体系そのものの変革が必要となっている。4日の連絡協議会では、福祉体系との整合性や整理ということばが繰り返された。
 厚生労働省は、障害者自立支援法を示し、これまで3障害に分断されてきた手帳の相互乗り入れを進める、としている。確かに障害の種別を越えなければ、地域での暮らしは成り立たないであろう。不経済でもある。しかし、それは現実の場ではそれほどたやすいことではない。就労支援のためにジョブコーチ制度があり、職務内容の検討があるように、福祉関連施設などの相互利用の時は、受け入れ機関や当事者を支援する制度が必須である。それがないと、相互利用は進まない。具体的には、受け入れ施設には「高次脳機能障害加算」や、施設や本人を支援するための指導、さらには、高次脳機能障害者の受け入れを確保できる「高次脳機能障害者枠」というようなものの創設が望まれる。地域の既存の資源が利用しやすくなるような仕組みづくりが必要である。
 モデル事業が始まってから、関係機関や全国の家族会などの努力で高次脳機能障害への認知度は、格段に上がったと思う。しかし、昨年10月発表の「改革のグランドデザイン(案)」では、「重度の」高次脳機能障害が制度の狭間にあることが指摘されている。

 サークルエコーは、設立して7年、高次脳機能障害を持つ人30余名を中心に、家族や支援者200名からなる団体である。当事者の9割近くが低酸素脳症の後遺症によるもので、食事や着替え、歯磨き、トイレなどADLレベルの介助を必要としている人も多い。そのような特徴から、小団体ながら会員は全国各地の広い範囲から集まっている。
 週末、渋谷で開いている「えこーたいむ」では、原宿ウォーキング、食事会、情報交換、などの活動を行っている。重度の高次脳機能障害について、行政や社会へ情報を発信し、遠隔地の会員とも交流をするための重要な拠点でもある。家庭では、家族のケアに1日の大半を使っている人たちが、サークルエコーを、重度の人たちの権利を守る場であるとして、社会的責任さえ感じながら会を運営している。
 重度者への関心の薄さを憂慮していた私たちは、モデル事業の構想の検討が始まったころ、日常生活の支援を必要な人たちも対象とするよう数度にわたり申し入れを行なった。「生活介護支援」も事業のひとつの柱となったことを評価している。しかし、私たちが考えているようなレベルにある人たちが受け入れられ、支援を検討されたという例は例外的といえるほどのものであった。モデル事業の拠点機関となったリハビリテーション病院も、「それほどの人たちは」と受け入れてくれない、という電話が私たちのところにしばしばかかってきた。私たちは、重い脳障害の人たちでも、大変ゆっくりした歩みではあるが、少しずつ向上していくのを活動の中で見てきた。また、他から分断されて重度の人という一群があるわけでもなく、脳障害を負った人たちは、なだらかに広範囲に分布しているはずである。重度の人たちへの支援があってこそ、高次脳機能障害を持つ幅広い層の人たちが対象となる。しかし、リハビリ病院に受け入れられないならば、その実態は、なかなか行政には伝わりにくい。重度の人たちのための対策が進みにくいのは当然である。
 高次脳機能障害は狭間の障害といわれてきたが、その支援策の検討の過程でさらに狭間を作り出すということがないよう、あらためて要望したい。
「ノーマライゼーション 4月号」日本リハビリテーション協会刊 より転載 

―わたくしたちの会は― 事故や病気によって脳にダメージを受けると、新しいことが覚えにくくなったり、意欲が低下したり、感情のコントロールが難しくなるなどのため社会生活の様々な場面で問題が生じることがあります。このような後遺症を高次脳機能障害といいます。目に見えにくい障害のため、社会の理解を得にくいこと、したがって現行の福祉制度を利用することが難しい点が大きな問題となっています。サークルエコーは、高次脳機能障害をとりまく様々な問題の中で、特に日常生活に「介護」の必要な重度の障害について取り組んでいます。

               週末の活動場所 「えこーたいむ」 第1・3 (土 ) pm 1時〜5 時
                渋谷・神宮前作業所
               事務局:〒201−0013 東京都狛江市元和泉2−7−1 TEL 03-3430-8937
               重度の高次脳機能障害を持つ人への支援を考える

[主な内容 ]
  ・重度の高次脳機能障害を持つ人への支援を考える
  ・人らしく生きるために願うこと 
  ・「忘れる脳との闘い」 放送に思ったこと
  ・声のコーナー「喜怒哀楽」
  ・長野SO(スペシャルオリンピックス)に行ってきました
  ・えこーぎゃらりぃ
  ・手記 「突然の出来事の中で」
  ・行事・会合報告

VOL.20(2005年5月号)

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