高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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SSKU

      VOL.1(2004年10月号)

  主な内容

サークルエコー 代表交代のご挨拶

重度の人への支援を訴える

声のコーナー「喜怒哀楽」

行事・会合報告

手記「高次脳機能障害の夫とともに」(3)

                                                                                                                                              

――― わたくしたちの会は―――  事故や病気によって脳にダメージを受けると、新しいことが覚えにくくなったり、意欲が低下したり、感情のコントロールが難しくなるなどのため社会生活の様々な場面で問題が生じることがあります。このような後遺症を高次脳機能障害といいます。目に見えにくい障害のため、社会の理解を得にくいこと、したがって現行の福祉制度を利用することが難しい点が大きな問題となっています。サークルエコーは、高次脳機能障害をとりまく様々な問題の中で、特に日常生活に「介護」の必要な重度の障害について取り組んでいます。  

 

週末の活動場所「えこーたいむ」 第1・3 (土 ) pm 1時〜5 時

東京都渋谷区神宮前 4−8−9  神宮前作業所内

サークルエコー 代表交代のご挨拶  
             
 この度、サークルエコーの代表を務めさせていただくことになりました、塚下枝利花と申します。代表交代のお話しがまいりました時点ではあまりにそのような器ではなく、お断りの方向でしか考えられませんでした。 前代表の田辺さん、会員、サポーターの皆様から思いはひとつなのだから、それぞれが出来る役割をしてエコーを支えていけばいい、それがエコーなのだからという言葉に背中を押され、皆様にサポートをいただきながら、役割を模索しながらエコーのひとりとしてお受けする次第となりました


 エコーは、重度障害者の生活支援を訴え続けています。自身で歩むすべを失ってしまった当事者の代わりに家族は道を探しています。とても 険しくゴールはまだまだ見えませんが、立ちどまるわけにはいかないのです。その道にたくさんの笑顔があふれることを家族は願ってやみません。
  最後になりましたがたくさんの賛助会員の皆様より温かいご支援をいただきエコーがあるのだと思います。本当にありがとうございます。 これからもエコーの思いは一つです。どうか宜しくお願い致します。
                            2004年10月1日        新代表          塚下枝利花


 前回の会報でサークルエコー5年の歩みを特集いたしました。実質的にはこの12月で満6年になります。

 発足当時、高次脳機能障害はほとんど世に知られてはいませんでした。 言葉を失ってしまったり、小さな声で「うん」とか細くうなづく若者たちの心にただよう声なき声を何とか社会に行政に届けたいと私たちは願いました。この小さなつどいから発せられた若者の思い、家族の願いが、受け止めてくださる方々の力を借りてこだまして広がっていくようにとの願いをこめて「Echo」、まだ学生っぽさを表情に残している彼らのサークル活動のような集まりにもしたかったので、「サークルEcho」と名づけました。(2年後にカタカナに改名)

 

サークルエコーにはその後、働き盛りの40、50代、家庭の主婦など、年令も症状も原因もさまざまな人たちが、全国各地から入会してきました。
 発足当時に比べ、高次脳機能障害は少しは知られるようになってきました。国によりモデル事業も行われています。しかし、まだ山積している問題に継続して取り組んでいくためには、この辺りでリフレッシュすることも必要だと考えました。 エコー丸は新しい油を注ぎ、塚下船長の舵取りで航路をすすめてまいります。
 どうぞ引き続き、サークルエコーを見守りご支援くださいますようお願い申し上げます。

 

(これからも事務局担当として外部への窓口として塚下新代表を支えるひとりとして活動してまいります。サークルエコーの連絡先は従来どおりです。)   2004年10月1日   前代表  田辺和子

重度の人への支援を訴える・・・ モデル事業拠点機関連絡協議会 田辺和子
平成16年8月5日、独立行政法人福祉医療機構において「第1回高次脳機能障害支援モデル事業地方拠点機関連絡協議会」が開催されました。12年から3年にわたる支援事業で評価基準などが出されたことを元に今年度から2年間、リハビリ病院退院後の社会復帰に焦点をあてたモデル事業がはじまるものです。連絡協議会には今年から家族会の代表もはいることとなり、日本脳外傷友の会会長東川悦子氏、高次脳機能障害家族会会長鈴木照雄氏、サークルエコーの田辺が指名されました。

東川氏は、12拠点機関のうちほとんどが脳外傷友の会の所在地であることなど、脳外傷・高次脳機能障害の運動の牽引車となってきた活動の一端に触れられ、5月に出された同会のアピールを再確認されました。鈴木氏は当事者と家族の切迫した実情を汲み当初5年とも言われたモデル事業が3年になったのに、さらにあと2年待てというのか、この2年が終わるときは必ず高次脳機能障害者が障害対策の中で日の目がみられるような形にしてほしいと訴えられました。  

「低酸素脳症などによる重度の高次脳機能障害の立場から」   拠点機関協議会8月5日

私どもの会は、8割ほどが低酸素脳症を原因としている人たちというところが特徴で、会員は東京周辺だけではなく、九州、関西、中部、東北などにもおります。低酸素脳症イコール重度というわけではないのかもしれませんが、集団としてみれば他の会の方たちに比べて症状の重さは歴然としています。症状の重さの程度が支援の大変さとは必ずしも一致しないということはよく承知しております。支援の無いように違うものがあるということです。問題は、高次脳機能障害者全体に占める数が多くないということで、実態がほとんど知られていないというところにあります。気づきがないと支援につながりません。どうぞこの問題も一緒に考えてくださいますようお願いいたします。

 

1)重度の高次脳機能障害をもった人には、「リハビリの対象ではない、家庭で生活のリズムをつけることが大事」といわれリハビリ病院に受け入れてもらえなかった人たちが多くいます。声をあげたり、動き回ったりする人などを、ショックの最中にいる家族だけで介護することは大変難しいです。例えば、リハビリ病院に、急性期の高次脳機能障害者向けの病棟(動きまわる人が多いので)や、付添いヘルパー制度などを創設し、重度の障害を持った人も専門的なリハビリが受けられるような方策を考えてほしいと思います。そのようなシステムができれば、家族も在宅介護に向け自宅のリフォームをしたり、援助方法を学ぶなどの準備ができます。

 

2)在宅介護となった重度の高次脳機能障害者で、通院リハビリを受けられる人はほとんどいません。救命救急病院などを退院したあと、リハビリ病院や中間施設で生活をしやすくするトレーニングや定期的な観察とアドバイスを受けられることを切に望みます。モデル事業のように医療関係者が福祉制度への橋渡しをしている現状では、病院と縁が切れてしまうと、行政からも見えなくなってしまうということが問題です。

 

) 在宅介護になって次第に落ち着いてくると、言葉がないような人でも、日常接している人たちとはそれなりに意志の疎通もできるようになってきます。しかし、支援ヘルパーなどの不適切な対応に苛立ち、不安から理解しにくい行動に移ってしまうこともあります。適切な支援が得られるような「マニュアル」などの作成をお願いします。

 

) 会員たちの中には、「高次脳機能障害というより『痴呆』である」と言われた経験を持っている人たちもいます。痴呆とラベリングされることにより、進行するというイメージで見られがちで、そのことにより誤った対応をされたり、放置されたりしています。今回の報告書では、このような人たちへの在宅支援や施設生活援助などの支援方法の検討がなされていることに感謝いたします。今後、全国の病院、福祉の現場が自信を持ってこれらの人たちを受け入れることができるよう、本事業では、なお一層の充実したモデルを示すことを望みます。

 

補足)厚生労働省老健局には現在、「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」が設置されています。この機会に、加齢に伴う脳の変性疾患と、加齢によらない脳損傷とを区別し、新しい用語には、後者は含めないこととすれば、進行するというような誤ったイメージと対応の解消につながると思います。(ICD10やDSMに捕われず高次脳機能障害としての対応を望むものです。)

 

行政に向けてのサークルエコー関連の活動  

1996年、岩佐衆議院議員を通じ、厚生省に成人後に知的な障害をもった人への支援を訴え、脳機能障害がはじめて国会で討議され、高次脳機能障害(若年痴呆=当時)の実態調査につながる。

○モデル事業を企画しようとしていた2000年6月、厚生省中村氏、重藤氏と会合。  (会報2号)

2000年11月、「低酸素脳症などにより重度の後遺症を負った人たちへの支援」について2度にわたり厚生省(当時)に要望書を出し、「低酸素脳症も含めて幅広く対応する」など厚生省からの明確な文書による回答を2度得られる。   (会報4号)

2000年12月、国立リハに直接交渉に行き、モデル事業の責任者となる幹部たちから「重度の人たちへの支援も含める」との確約をとりつける。   (会報5号)

2002年9月の「モデル事業中間まとめ」で再度、生活支援を訴える。  (会報11号)

2004年8月、モデル事業地方拠点機関連絡協議会に参加。

 

☆ 喜怒哀楽                                  谷口 眞知子    

母が体調を崩し入院して、はや一ヶ月、重篤状態の時は、なんとか生命だけは…と祈り続け回復に向かっている今、老いた母につらい言葉をかける日々が続いています。

毎日、病院帰りの車の中、何でもっと優しくしてあげる事が出来ないのか情けなくなったり、悲しくなったり、介護というのは一日の中で喜怒哀楽の波を行ったり来たりの繰り返しです。怒と哀が多くを占めるようになると、スイッチが切れるように心のバランスも切れてしまうこともありえるかなと思うこともしばしばです。

息子の介護と母の介護、共通する部分もあり違った部分もありますが、家族の協力と回りの方々の温かい言葉に支えられ何とか乗り切らなくては…と思う今日この頃です。

 

☆ 未来                                    塚下 枝利花

 

子供のマラソン練習を後ろからながめ、主人の発症からいろいろあったけれど、まだまだこの子たちのために私も走らきゃならないと大きくも見え、小さくも見えた背中でした。

 

☆ 幸せな時間!!                           豊田 幸子

食事の時、ドライブ中などのちょっとした折に、ふと出るダジャレ。ダジャレの話しを聞いた叔父さん(私の弟)もメールで仲間に入り、ちょっとしたダジャレブームです。
ドライブ中に

香 「お母さん、あの花はカンナ?」  私 「エ!ゎカンナ〜ぃ」 。
マイケーキを描いてコレクションしている香に

私 「ケーキの絵はバインダーに入るようにA4の紙を使って描きなさいね!」  父 「え〜よん」 

香 「今のダジャレはおもしろい!合格点」 。
叔父さんから

香 「私、今日、クッキーやいたの!」  叔父 「僕はお腹一杯で今日は食うきーなし」 。
こんな調子で、ちょっとした会話の中のたわいもない言葉で遊んでいます。でも、とても幸せな時間です。

 

☆ 今年の夏                                  高橋 俊夫

いつの時期も退屈な時間を持たないよう努力しているのですが)今年の夏はそんな努力も必要なく終わったようです。8月の初めからは高校野球、中旬からはアテネオリンピック。それに今年は植木屋の仕事が多かったこともあります。いつもであれば識代を連れて釣り(アユ釣り)に川(小田原の酒匂川、伊豆の狩野川)に行くのだがそれぞれ一回行ったきりで夏は終ってしまった。

また合間を見ては家具の配置換え、不便なところの改修等、やらなくても済むような事をしているから余計である。

しかしこの事は反面、自分だけの満足感だけで識代を見てあげる時間が無くなり、テレビを見させているだけとなり、本人には決してよくないと思っている。誰か相手をしてくれる人、ずっと見てくれる施設はないものか。これが私の悩みです。自分のしたい事を思いっきりしたいのです。

 

☆ 我が家の秋の恐怖・・・     片岡 法子
 秋の味覚がおいしい今日この頃。娘を連れて栗拾いに行きました。栗が好きな娘の為に渋皮煮を作ろうと家に帰り皮を剥き始めたらひょっこり虫が顔を出しました。娘と私で「きゃーーあ!!」

おいしいものの為と気を取り直してもう一度チャレンジ。三つ目でまたまた「きゃーあ!」それにつられて主人も「があーーーっ!」悲鳴の連呼で外では恐怖の館と呼ばれてるかも。。。そう言えば今年の猛暑で虫が多いと農家のおばちゃんが言ってたような。。。

 

手記・ 高次脳機能障害の夫とともに 

       塚下枝利花(3)― 私たちがずっと家族であり続けるために −

 障害、さらに病気になった時

 在宅の難しさは、それでもまだまだありました。高次脳機能障害による知的障害が重度な主人にとって最も恐いのが、病気にかかったときです。風邪をこじらせ、安静にしていることが困難な主人は肺炎になってしまい、入院が必要となりました。肺炎プラス障害という状態では、受け入れ病院がないのです。身体の不調を訴えるかのように、1秒と座っていることができず歩き続ける主人を前に、どうして受け入れ先がないのだろう、障害者が病気にならないなんてことないはずなのにと思いました。何かあったら、発症当初の救急病院に連絡を入れようと頭にはあったのですが、どこの病院も「1人のために8人の患者さんが眠れないのでは困る」という理由で断られました。その言葉が分からないわけではありませんが、虚しさで押しつぶされそうになりました。

 主人の安静を保つためにも、また歩き続けるのを止める方法として、急遽「鍵救急隊」に依頼し、自宅の寝室に鍵をとりつけました。しかし主人は、がちゃがちゃと激しくノブを回し、ドアを開けようとしました。部屋に閉じこもる私は、がまんしてと祈る気持ちと、激しい奇声と音の中で、主人が助かったという意味さえ失いかけていました。いつも前向きな母までも、今までみたことのない表情をするようになり、もちろん子どもたちも不穏な気持ちでいました。

精神病院に措置入院する

 このような状況をみて、在宅診療のソーシャルワーカーさんが休み返上で病院探しをしてくださいました。あちこち電話をかけて、付き添いでもよいのでと交渉し、眠れない夜が続いていた私の身体のことまで配慮し、ようやく全看護の病院を見つけてくださったのです。精神病院に措置入院という形で、やっと入院することができました。またベッドへの抑制となってしまいましたが、治療のためにしかたがないと家族も納得できました。 ベッドで寝ている主人を見て、必死になって病院を探さなければならないという現実に、本人は何も悪くないのにと、涙があふれて止まらなくなりました。

 つらく悲しい出来事でした。命は助けていただいたと、心から感謝したいけれど、その同じ医師たちが、障害を抱えているということで、目の前で苦しんでいる人間への医療をどうして断る理由にできるのだろうか?

 高次脳機能障害者は市の支援を受けにくいというのが、残念ですが現実です。こんなことをするからではなく、なぜこのような行動をとるのか、本人が変わることができないのであれば、周囲が変わればいい、「自身で頑張ることを知らない、頑張ることのできない障害者がいる」。この2年半、主人と向き合い、いろんなことを学びました。私は低酸素脳症で最も重度な障害を受けた患者の家族でつくっている家族会「サークルエコー」に入会していますが、本当にそれぞれ特有の障害を抱えていらっしゃいます。数年前には高次脳機能障害という診断がつかず、想像を絶するたいへんな日々があったことを知りました。皆さん思考錯誤の中、なんとか気持ちを前向きに生活しているのです。

 何ひとつ、自分のことができない主人でも、今まで生きてきて得たものは、たくさんのアンテナをはりめぐらすことによって、生かすことができるのだと思います。そして、それを引き出すのがリハビリなんだと私は信じています。たとえ鍵を鍵と判断できなくても、まだまだ長い道のりを本人や家族がいかに楽しく、心すこやかに過ごせるかが大切なリハビリだと思います。 

あれから2年半が過ぎ、主人は40歳になりました。介護保険の申請をし、要介護5という通知を手にしたときは、複雑ではあるけれど重度の障害をようやく認めてもらえたという気持ちでもありました。

 

  新しいデイケアとの出会い

しばらくしてケアマネージャーさんが見つかり、精神科のハルパーさんが交替することになった時、思いきって家の中を卒業してデイケアを頼むことにしました。主人に、「安心できる場=納得」という順応性が出てきたからです。新しくオープンしたばかりの「にじの里」というところを早速見つけていただき、また新たな出会いとなりました。今まで家族対施設において戸惑いもたくさんあり、話すことさえ臆病になっていたこともありました。しかし、恵楽園のケアマネージャーさんがわが家のサポート役となってくださり、気持ちがかなり楽になっていました。

新しいデイケアが始まり、私たちは日常生活が送りやすくなりました。表現が正しくないかもしれませんが、その場所で歓迎されているかどうかという面で家族は安心できる気持ちも大きく変わります。「いつも新しい発見ができて楽しいです」と笑顔で話してくださるスタッフの皆さんのもとで、主人はほどよい刺激を感じているし、受け取る連絡張を読むのが家族も楽しみとなっています。ショートステイ(れいんぼう川崎)がスタートし、月2回ほど利用しています。目が離せないところは今でも問題ですが、主人のショートステイ中は家族にとって前に進むために必要な時間であり、支援をこれからもお願いできればと思います。

今ではオムツ換えの時、必死でこらえる主人の顔も見えます。まだ声を出すけれど、2年半前に比べたらまるで軽減しました。名前を呼ぶと笑顔がこぼれる、隣に座れば手をつなぐ、子どもでも不快だと思うようなことをされれば、声を出し訴えます。

   家族が家族であるために

 そんな中で最近、変化が見られました。ソファーが安心の場のようで、地べたに座るということはまずなかったのですが、子どもたちが座っていると、そのそばに座るといったことがありました。これは母や私には見られなく、決まって子どもたちの時にだけにありました。子どもが主人のひざの上に座るなんてとんでもないことと思いましたが、不快な顔をしつつも我慢をしています。

 子どもたちにとっても、自分たちの父親を取り戻す大切な時間でもあったのです。母がいない時間には、子どもはオムツ換えも手伝ってくれます。小学生の子にそのようなことをさせてと戸惑いもありましたが、今は子どもの小さな手が大きく感じる時があります。そうしたわが家の独自の形があってもいいかなとも思うこともあります。

 けれど、成長の中でやはり父親の介護を託す気持ちにはなれません。私は妻でもあるが、母親としての思いとして、私の代わりに子どもがならなくてもよいと、理屈ぬきに思うのです。また、私の母に頼る介護にも限界があるだろうと感じてきています。

 これからは家庭以外で安心、安楽の場をとも考えています。障害の状況、介護保険では年齢の問題があるので簡単ではありませんが、今のように主人に笑顔があり、落ち着いたときに、送り出してあげたい、そんな思いがあります。いつでも会える関係でありたい、私たちはずっと家族であるのだから・・・。

「精神認知とOT」  青海社   2004年7月号 (3)より転載いたしました。

 

寄り添い耳を澄ませて

 厚労省の「痴呆に替わる用語に関する検討会」へサークルエコーの見解を送った直後に、精神科医師小澤勲氏の痴呆ケア論「物語としての痴呆ケア」が、共著土本亜理子さんから届きました。

 土本さんは、エコーの若者も登場した「純粋失読」を書かれたルポライターです。この本では、小澤氏の講演録と関係者の語りを結び、その実践と思索の背景を多面的に浮かび上がらせました。サークルエコーは、「重度の高次脳機能障害の人達を痴呆と呼ばないで」と訴えてきましたが、痴呆と呼ばれてきた方々やその方たちへのケアの取り組みの中から学ぶことが何と多いことかと思います。言葉のない人、少なくなった人が秘めている豊かな世界伝わらない悲しさを、寄り添い耳を澄ませて聞くことからすべてを始めなくてはならないとあらためて感じさせてくれた1冊でした。(か)

                 「物語としての痴呆ケア」小澤勲・土本亜理子著 三輪書店  1800円

                     「純粋失読」土本亜理子著・綿森淑子監修 三輪書店  1800円

         

 

ご支援ありがとうございます!!!

☆今年度も賛助会員へのご協力宜しくお願いします☆ 

年会費(4月〜3月)  1口  2,000円

郵便振替        00180-0-546112 サークルエコー 

        

正会員(当事者家族)は、会費3,000円です

         

ナノだより・原宿表参道元気祭スーパーよさこい参加 

 障害を持っても豊かな生活を!障害種も地域も関係なく、共に踊り、

共に参加し、共に稽古する・・・という声のもと、ボランティアも含め総勢

115名でスーパーよさこいに出場してきました。一つの目的のもと、今年

の猛暑の中、頑張って頑張って週一度稽古してきました。当日は衣装も

ずぶぬれ、化粧もはげるほどの雨の中ステージ2回、ストリート流し踊り

1回踊りました。都立保健科学大学・渡邉修氏をはじめ、控室を提供して

下さった企業、その他多くの方々の支援があって実現しました。

障害者だけでなく、多くの方々にかかわっていただけたこと、共に稽古し

8ヶ月間、経過を楽しみながら取り組めたことは、充分な満足感をもたらす

ことができました。

 


10月〜12月のエコー行事予定

*えこーたいむ 

10/16、11/6・20、12/4・18 

(変更する場合があります。初めてお越しの方はご連絡下さい。)

多摩エコー*  随時      *ナノ*  随時 

*フレンズハウス(瀬戸市)* 毎週(月)、第1・ 3(金)、第2・4(土)

 

 サークルエコー 連絡先 

  田辺 和子    〒201-0013 東京都狛江市元和泉2-7-1       TEL/FAX 03-3430-8937

  谷口眞知子    〒340-0822 埼玉県八潮市大瀬1407-119        TEL/FAX  0489-95-5784

  豊田  幸子     〒489-0987  愛知県瀬戸市西山町1-60-20         TEL/FAX  0561-82-1498

 

☆ホームページ☆  

サークルエコー

http://www.circle-echo.com/

ナノ

http://nanotokyo.hp.infoseek.co.jp/

サークルフレンズ

http://cfriends.at.infoseek.co.jp/

 

 

<編集後記> 

  記録的な猛暑の後には、日本各地に大きな被害をもたらした大型台風続きの秋。そして新潟中越地震・・・ 。自然界の過酷な洗礼が続いておりますが、皆様はご無事にお過ごしでしょうか?被害に遭われた地域の皆様には心よりお見舞いを申し上げます。

さて、サークルエコーの内部では代表が交代いたしました。旧代表の田辺さん、これまでのご尽力本当にお疲れ様でした。新代表の塚下さん、気負わずに力を合わせて共に歩みましょう!皆様の変わりなきご支援をよろしくお願いいたします。      (村田道子) 

 

サークルエコー事務局   〒201-0013  東京都狛江市元和泉2−7−1   田辺方   TEL/FAX  03-3430-8937