高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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VOL.13(2003年4月号)

**ベース病院でいただいたBrain Injury Association of Queensland Inc**

(クインーズランド脳損傷協会)のパンフレットより

 

主な内容      

船橋に新しい風が吹き始めて

ケアンズリポート

新登場! 声のコーナー

エコーギャラリー

行事・会合報告

・ 

手記 「介護者になって」

新会員から…

                                                                         

――― わたくしたちの会は―――  事故や病気によって脳にダメージを受けると、新しいことが覚えにくくなったり、意欲が低下したり、感情のコントロールが難しくなるなどのため社会生活の様々な場面で問題が生じることがあります。このような後遺症を高次脳機能障害といいます。目に見えにくい障害のため、社会の理解を得にくいこと、したがって現行の福祉制度を利用することが難しい点が大きな問題となっています。サークルエコーは、高次脳機能障害をとりまく様々な問題の中で、特に「介護」の必要な重度の障害について取り組んでいます。                                                                                            

週末の活動場所「えこーたいむ」 1・3 (土 ) pm 1時〜5 時

東京都渋谷区神宮前 5-30-3  ニューアートビル4階  神宮前作業所内

  船橋に新しい風が吹き始めて 

                           川崎弓子

 全国の市町村に先駆けて、船橋市に障害福祉ボランティア制度がスタートして一年が過ぎました。この制度は、市と市民ボランティア「NBFクラブ・ハンドレッドサンクス委員会」とが協働で取り組んでいます。この事業は、簡単な家事援助、介護等障害者の地域での生活を支える組織です。更に市教委との話し合いで、ボランティアを児童の為に学校にも派遣します。更にコンサートや映画、散歩、話し相手等当事者のニーズに合った幅広い支援をします。こんにちの福祉制度では、障害者手帳の級で福祉サービスを受けることができます。しかし新しい障害「高次脳機能障害者」に対応できる手帳がありません。しかも常に人の見守り、頭脳の代行が必要です。船橋市では、このような医療と福祉から見放されている人々の為に、具体的な救援策を前向きに検討して来ました。息子の場合、市の試行事業の中に組み入れ、支援方法を模索しながら今日まで来ました。しかし公的サービスには限界がありました。2年間の試行事業の中でどうしてもクリアできなかった問題がありました。息子の社会的自立への支援と健康維持でした。この制度がスタートした今は、プール、入浴等季節に応じた支援も可能になり、バス等の公共交通手段を使っての送迎も利用出来るようになりました。そして家族以外の方々から、心地良い刺激を頂きスケジュールに添った中味の濃い、充実した日々を過ごすことが出来るようになりました。

 

 先日、船橋市長参列のもと、このボランティアの表彰式が行なわれました。「このシステムが継続し、心のサンクスが結び合う組み合わせが出来るよう、祈念する。」と祝辞がありました。またサンクスの委員長は「行政サービスの隙間をボランティアが埋めることで、障害者が普通に暮らせる街になれば・・・」と話されました。     市の身体障害者のデイサービスではこの障害に対するリハビリ研修に参加した職員による新しい試みが始まりました。振り返ってみると、目で捉えることの出来ない速度ではありますが、息子は自分の居場所、役割を少しずつ認識し始めた感があります。今、公的サービスが少なく、ご苦労されている方々にもこの制度がヒントとなって何らかの支援が検討されることを願い、船橋から優しい暖かい風を送ります。

 

ケアンズ リポート 

田辺 和子

2月4日〜8日、夫とオーストラリアの北東部・ケアンズへ旅行した。「がんばらない介護」、ときには「自分にごほうび」というわけだ。2日目、午前中、グレイトバリアリーフのグリーン島でリゾート気分を満喫したあと、ケアンズに戻る。エスペラネードとよばれる海岸をまわってホテルへ帰ることにした。真夏のケアンズ。強い日差しの下を、左手にやしの木が続く海岸、右手に南国風の住宅を見ながら歩く。

 

10分ほど歩くと、ベース病院と書いてある建物の前に出た。塀もないのでちょっとのぞいてみようと敷地内に入っていく。看板にはクイーンズ州立のマーク。ケアンズのあるクイーンズランドの州都・ブリスベンに脳損傷の組織があることを知っていたので、ここでも多少の情報はあるかもしれないと、受付に声をかけてみる。脳神経科のドクターと会えることになり6階の診察室前のロビーに行くと、半ズボンの若い男性。

「ドクターとアポイントが」と言うと「ボクがそうだよ」。

彼によると、事故や病気で脳に障害を受けた人たちは、ブリスベンの病院で6ヶ月ほどのリハビリのあと、ケアンズに帰ることになるそうだ。後遺症が残った人は、在宅であったり、重度の人は老人施設などにいるようだとのこと。そのことをもっと知りたいと言うと、高齢者部門の方が詳しいはず、と言われる。1階の高齢者健康部門を訪ねると、男性職員があっちの部屋、こっちの部屋に、誰が説明できるか聞いてまわってくれる。  ソーシャルワーカーのジュディスさんの部屋に通してもらうと、同僚のケリーさんも来てくれた。アポイントもなく、リゾートからの帰りに短パンで立ち寄った夫と私に椅子を勧め、ふたりの女性は、下手な英語に耳を傾け、何とか役に立ちたいと包み込むような笑顔で質問に答えてくれた。棚から次々に出してくれる資料は、まさにこちらが求めていたもので、高齢者部門の彼女たちが、脳損傷の後遺症の質問に的確に答えてくれるのには驚かされる。その場で心あたりのところに電話を入れ、翌日、障害者のためのショートステイ施設「ARCコミュニティハウス」を見学できるようアポイントまでとってくれた。

「ARC コミュニティハウス」

 

障害を持った人を一時的に預かるホーム。スタッフ:日中2名、夜間:1名、

(緊急の時はすぐに応援がくる)。

個室:4部屋、(定員4名)、

会員数:80名。0歳児から大人まで、障害の種別を問わず利用できる。

利用料は交通事故などの場合は保険金から、病気の場合は年金から。

近くの学校へ通学する人はここから送迎をするが、学齢期でない人や、遠くから来ている人はここで1日を過ごす。

敷地:700u、食堂、リビング、

コンピューター室、スタッフ棟

 

 

翌朝、タクシーを呼んで、郊外のコミュニティハウスに出かける。日本人観光客がゾロゾロと歩いているケアンズ市内から車で15分ほどの住宅地、もう日本人の姿は見当たらない。ARCは、やや大きめの普通の住宅。玄関先で車椅子の若者を介助している細身の女性が、スタッフのエレンさんだった。私達を室内に案内すると「ちょっと待ってくださいね」と言って、若者を窓際に連れて行き、音楽をかけ、飲み物の準備をしてあげている。その間、私たちは、リビングのソファに座り、キョロキョロ。明るい開放的なケアンズ郊外の住宅地。それにしては、窓の鉄格子は何だろう。かわいいデザインではあるけれど、脱出防止かしらといぶかって、戻ってきたエレンさんにさっそく質問。

「ああ、これは、防犯のため。外部からの侵入を防ぐのが目的よ。だから中からはあけられるのよ。このあたりの家はみな、そうなの」なんとなくホッとしながら、

「出て行く人はいないの?うちの息子はデイケアから行方不明になって大騒ぎになったことがあるんだけど」

「塀をのりこえて、隣のうちのプールに入って泳いでいた子がいたわ」エレンさんは思い出し笑いをしながら言った。リビングのとなりは砂場のある中庭で、軒先にサンドバッグが吊り下げられ、棚には、機関車などの玩具や腹ばいで乗れるスケボーなどが置いてあった。ここを利用する人たちは子供から大人まで年令が幅広いので、様々な種類の教材や玩具が必要とのこと。物置の中まで見せてくれた。スケボーなど多くの用具は系列のおもちゃライブラリーによる手作りで、ボランティアさんたちが玩具作りに協力しているとのことだった。個室への廊下は思ったより狭い。

「もう少し広いといいのだけど、なかなかね」広々とした敷地なのにと思うのだが、廊下には十分な幅がとれないというのだろうか。個室も予想より狭い。日本の6〜8畳ほどのサイズだった。グループホームのような永住施設ではないので、家具などはほとんどなく、こういうサイズになるのだろうか。その代わり、リビングなどの共有スペースはゆとりがあった。シャワー室とバスルームに行く。

「この前は、この管を取り外した子がいて、廊下まで水浸し」と、洗面台の下の管を指してエレンさん。いたずら防止に鍵をかけている我が家のバスルームを思い出し、鍵はかけないのかと聞くと、

「鍵はかけない。いつも目で姿を追っていることが大事だと思うから」とのことであった。

「たまに失敗はあってもそれが基本」私もうなずく。

「喘息を持っている人の吸入などの処置は誰がやるの?」

「もちろん、私たちスタッフよ」吸入や吸引などは無資格でもやれるのと聞くと、

「そんなことはいつもやっているわ。医療系の資格はないけれど、スタッフふたりでチェックをしあうの。内服薬の投与などもすべてダブルチェックするようになっているのよ」とのこと。見せてくれたペーパーはふたりのサインを並べて入れるような書式になっていた。

「簡単なものは、日本でもそうなるといいのだけど」と言うと、「でも、時には、私はナースではないよ、と言いたくなるようなものまで頼まれることもある」とのことだった。

「あなたも息子さんのために、いいグループホームを作ってね。メール交換をしましょうね。」

 

エレンさんに見送られ、歩き出してほんの1〜2分、

突然、強烈なスコールが襲ってきた。道端の家のテラスから手招きする一家がいる。先住民・アボリジニ一家のリビングで雨宿りをさせてもらうというおまけもついた1日だった。

エコーの皆で選んだタイトルです。介護者自身が前向きに支えていこうという意欲の第一歩が踏み出せるコーナーになれたら・・

癒されるコーナーをみんなで作りましょう! 


喜・怒・哀・楽

                            みなさまからの おたよりコーナーです。

☆ 心に感じること                   川崎 弓子

会報は、約1000部印刷され全国に点在している正、賛助会員、関係

機関等に送付されています。ロンドン、バンクーバー等外国数カ国にも。

この会報は、どの様な場所で、どの様な方の目に止まっているのでしょう

か?医療機関の待合室、障害福祉の医療機関?高次脳機能障害という

新しい障害への認知、理解が薄いのが現実です。故に明日への希望も

持てず、行政への支援を求めるパワーさえも失っていらっしゃる方。

その様な方々が、前向きに懸命に生き続けているエコーの仲間の姿を読み取り「自分も」とのキッカケの一つになって下さればと願っています。私も皆様のさまざまな胸の内を読ませて頂いております。以前の自分の心そのままの言葉に目頭を熱くしたりしています。そして、会報からの多くの情報、勇気、パワーに励まされて、日々を過ごしています。会報に携わって下さっている、サポーター始め皆様ありがとうございます。エコーの存在がより充実して、何らかの「灯」になることを願っております。

そして思う事、「エコーの原点ここに有り」

皆様、外に向って一歩を。きっと新しい、良き出逢いがあり、そこから何かが始まるでしょう。

 大分に住むエコー会員三浦さんからのお便り

会報届きました。そして皆様のお写真有難うございました。娘は車で1時間程の病院で言語

のリハビリを受け始め、少しずつ言葉を覚え?(思い出し)笑顔も出るようになりました。外出は通

院とリハビリだけの私達ですが、娘は私との外出を楽しみにする様子を見せてくれるようになり、

とても嬉しいです。(好きなこと、嫌いなことが表情でわかるようになりました。)

小さなことでも何かひとつ出来るようになると、すごく心が明るくなって、また元の娘に戻るので

はないか・・・と気持ちが大きくなり、ちょっとつまずくとまた落ち込んで・・・この繰り返しの毎日です。

でも決してあきらめない!!頑張ります。

エコーの皆様と出合えたことで、みんな私(娘)と同じ一歩進んで二歩下がり状態なんだとわか

りました。仲間がいるから頑張ろうと思えるようになりましたが、やはり遠い大分では孤独です。皆様

とお会いして、お話したいです。娘は春から養護学校高等部に行く予定です。

ちっちゃくて、細くて、目がくりくりで とってもかわいいんですよ(親バカ)。

私の生きがいです。                                三浦 千佳子

 

       NBFクラブ会員の保泉さまからのメッセージ

保泉 幸

NBFクラブ(2頁に関連記事掲載)は、車椅子の介助を目的として、6年前に発足し、H14年5月からは、全国に先駆け行政と市民との協働で医療以外はほとんど対応出来るボランティア活動クラブです。この会は、柿沼委員長の下に、約100名程の会員が活動しております。

私がユタカさんと出会って約10ヶ月程になりますが、週2回程利用して頂いております。ユタカさんとの会話も最近は多くなり、また 時々見せる笑顔が素晴らしいので、この活動をして良かったと思います。ユタカさん これからもよろしくお願いします。

家族の方もあまり頑張らずに私達のクラブを利用していただければ、大変嬉しいことです。また全国にこの様なクラブ会が出来ると良いと思います。

 

 

        サポーターのさんとツネヨさんとのある日の散歩風景から(えこーたいむより)

おやつの時間 コーヒーに プチシューを食べた。でも 保護者の話はまだ尽きない。彼女はたいくつな様子。でも、もう4時だし・・・でもやっぱり散歩に行こう。

気乗りしない彼女を引っ張る様にして、ビルを出た。彼女の左手、私の右手。しっかり握ってもらっている。いつもの散歩コースを3分の1にしようか・・・等考えているうち、横断歩道を渡らされてブロック塀に貼られた大きめの色鮮やかなポスターの前で止まる。ローマ字で書き込まれた名前(6名)を読み上げて おもむろに出発。

保育園の子供達の声を聞いたり路地奥の植え込みの花を眺めたり。散歩中の犬に「ワンワン・・ワン」と声をかけすれ違うと「あの犬ふとりすぎ」と手厳しい一言。町内会の掲示板に貼ってある印刷物を見て「97才」「何ですか(私)?」「なくなった人の年」「ずい分長生きされたのね(私)」

立ち止まっておもしろい顔をして見せてくれる。「どうしたの?」と聞くと指さして2階にかけてある口をあけた女性の絵の大きな看板を教えてくれた。

記憶にない初対面に近い私との散歩を、彼女は楽しんでくれるかしらと、心配しながら出かけて来た私、ちょっと安心して1人では味わえない2人散歩を楽しみました。

廖 明子                   

☆ 小学生のお子様を育てながら 

ご主人様を介護する片岡さんのメールです

 

ちょっと話がずれますが、Aさんは深大寺に住んでいらっしゃいますよね。私は独身時代勤め先が調布で、主人と職場結婚です。だから深大寺にもよく行き、雀のお宿で食事もしました。何か懐かしくて・・・

エコーのメールを拝見してると、懐かしい事がいっぱいで。Bさんのメールで、転勤で名古屋に住んでいた時の事も想いだして。瀬戸市もよく行きました。そんな事でも元気をもらえます。      片岡法子 

               

 


サークルエコー行事・会合    

 

 

1/18

 

えこーたいむ  (川、田、西、伊、ツネヨ夫妻、福、村、篠 計12名) 

 

 

1/18

草加子育てフェスタ  草加市勤労福祉会館  (谷、他)

 

 

1/29    

高次脳機能障害東京連絡協議会発足    都庁プチモンド  (田、谷、)

 

 

1/31

船橋市障害福祉ボランティア表彰式   (川)

 

 

2/1

えこーたいむ    (川、西、伊、識夫妻、岩、高 計10名)

 

 

2/6

見学・懇談   ケアンズ・ベース病院   (田夫妻)

 

 

2/7

見学      ケアンズ・ARCコミュニティハウス (田夫妻)

 

 

ナノ定例会   竹ノ塚障害福祉館  (谷、他)

 

 

2/10

渡辺氏講演 「高次脳機能障害の理解のために」 調布福祉センター (伊、西)

 

 

2/14    

支援費利用について 「魔法のランプ」   (川)

 

 

2/15   

えこーたいむ    (川、谷、西、ツ夫妻、田川、篠   計12名)

 

 

2/16

田辺、講演「高次脳機能障害について」瀬戸市保健センター (内藤氏、豊、丹、田、他)

 

 

2/27    

多摩エコー 会合    田辺宅    (田、西、伊)

 

 

3/1  

えこーたいむ (川、田、西、伊、ッ夫妻、田川、廖、高、篠  計17名)

 

 

3/1

ふれあいコンサート   亀有リリオホール   (谷、他)

 

 

3/9

高次脳機能障害シンポジウム  労働スクエア東京ホール  (伊)

 

 

3/14  

高次脳機能障害者の評価及びリハビリ講習  都社福健康医療研修センター (谷、伊)

 

 

3/15

えこーたいむ(生田目氏、川、田、谷、西、伊、識夫妻、田川、廖、高、村 計16名

 

 

3/17  

成年後見人制度を考える「ふろしきの会」     (川)

 

 

21 

若年痴呆講演会   順天堂大学有山講堂   (田、谷) 

 

 

23

ナノ・春の花鳥ミスタ    水元公園   (谷、田ア、斉、他) 

 

 

/28  

都リハ高次脳機能障害中間とりまとめ報告会議   都リハ会議室    (田)   

 

 

多摩エコーだより

昨年暮れよりリハビリ病院に入院中の主人ですが、新メンバー片岡さんのご主人こと、としさんと病棟が同じことから、今までとは違った入院生活を送ることが出来ました。としさんは、いつもシャッキとりりしい紳士ですが、奥様とかわいい娘さんが面会に来ると、とても落着いて、すごく良い表情をされます!笑ってしまうのが、うちのパパさんは、としさんの愛妻のりこさんの笑顔にめっぽう弱く、あきさんー!なんて声をかけられると、満面の笑みを浮かべるパパさんでありました。(え)

 

ナノだより・花鳥ミスタ

 3月23日、春の水元公園イベント「花鳥ミスタ」を行ないました。参加者約40名。イベント日和の青空の下、水元自然観察クラブの方々にご案内いただき、セリ、ノビル、カラスノエンドウ、ヨモギ等等、水元公園に自生している野草を天ぷら、おかゆにして皆でいただきました。新鮮この上ない野草の天ぷら、特につくし、カラスノエンドウはおいしかったです。「スカンポ」を食べて歌い出す人あり、酸味に大騒ぎする人あり、またフォークダンスを始めたものの途中で息切れする人あり・・・息子の障害以前を知っている人達、障害を持った現在の息子をあるがまま受け入れ支えて下さる人達と過ごす一日は、滅入ることもある親にとってのリハビリになる良い一日でした。(ま)

 

フレンズだより・学習会 

 2月16日(日)午後1時より、「サークルエコー」の田辺さんを講師に、第3回「高次脳機能障害」の学習会を開催しました。当日は、雨天にもかかわらず、行政・医療・福祉関係者やNPO法人等の団体の方を始め、地域ボランティアの皆さん、そして当事者家族など52人の方が出席されました。学習会の内容は、当事者の障害がどんな障害なのか、今までテレビ報道されたビデオを使って判りやすく説明してもらった後、これからの課題も含め、現在厚生労働省が行っている「高次脳機能障害支援モデル事業」の経過についても話してもらいました。その後の質疑応答も活発に行われ、盛り上がりのある学習会でした。 尚、この学習会行事は翌日の中日新聞にも掲載されました。(ゆ)

 

手記・介護者になって 

                                      高橋 俊夫

 平成10年はいろいろな事が起こった。妻の事故(奇しくも50歳の誕生日)に始まり、長男の結婚、暮れの12月には妻の母の他界、外では長野オリンピックの開催、あれから早くも5年経過した。

妻は入院中、人工呼吸、何度かの高圧酸素療法を試みたが回復の兆候はなく医師からは時間は不明だが回復の可能性は半々と言われ、それを信じ何か良い治療方法はないか、良いリハビリはないか、生活の中では何をしたら良いかと探している。

 

 今でも当初とは体重が増えた位で症状は殆ど変わらない。が、夫である自分の生活は大きく変わった。また長女の生活も変えてしまった。自分は会社員であったがまだ定年まで6年もあり仕事を続ける事が第一と考え、また妻の回復も期待し、介護は長女が幼稚園勤務の仕事を辞めてする方法を選んだ。しかしこれは妻の回復もなく、結果的には失敗だった。少なくとも休職にすれば良かった。長女の仕事は、何か技能を身につけなければと妻も一生懸命になり、短大在学時取った資格であるが、皮肉にもその母親が仕事を奪ってしまった格好になった。家事や散歩を長女と一緒にするようにしていたが、今までのように出来ないことから長女が注意すると癇癪を起こし、髪の毛を掴み怒り出したり散歩の時なども急にバスに乗ろうとしたりして長女はノイローゼ気味になってしまい、会社にまで電話で助けを求めてきた。 

退院後4ヶ月程こんな状態が続いたが、思い切って自分も会社を辞めた。長女は暫く食事作り、洗濯もしてくれていた。何度か幼稚園への復帰も促したが戻らず、今は保母の仕事をしながら一人、アパート生活をしている。

 

 このころは何故、何故、何故の自問の毎日であった。寝顔は元気な頃と何も変わらず、見るのがきつい。何も満足に出来ない妻に大きな声を出したり、手を上げてしまうこともしばしばだった。しかし何かをやらなければいけない。介護をしながら時間をどのように使うか考えた。介護しながら、家に居ながらとなると「通信教育」だと思い、長女が居る間妻も好きそうな「水彩画」を選んだ。何度か写生にも出かけたが、もともと自分が苦手であり続かない。次に食事を自分が作れば長女は働きに出られる事、教材も一通り揃う事から「料理」を選んだ。最初の頃は材料が店の何処に並んでいるのか、とくに調味料、香辛料はどんなものかも解らず困った。妻に聞くとそれらしき事を小声で言うのだが何かはっきりしない。店の人に遠慮なく聞いた。“おやじ”が聞くためか良く教えてくれる。

 

 三つ目は以前から植木が好きでもあり、定年後は植木屋をしようと考えていたこともあり「庭園技能講座」を半年学んだ。国家試験も考えたが植木屋勤務を一年しなければならない・時間を取れないことから「庭園管理士」の資格名称だけで終わらせた。

 木の名称、性質も大分知る事が出来た。「目から鱗」もあった。公園等で一緒に散歩しながら木の名前を当て合うのも楽しい。これは少しずつ仕事として家計の足しにもしている。もう一つ心掛けているのは健康の事。当事者については勿論だが介護者も気を付けねば。自分が先に逝く訳にはいかない。病気で寝込むことの無いようにしなければ。毎日の散歩以外に就寝前の腹筋、足踏み等の運動も一緒にやるようにしているが自分から動かないので四苦八苦している。続けるのは容易ではない。

 

サラリーマンから離れて当初は悔しさ、悲しさ、無念さ、後悔等、辛い気持ちが覆い被さっていたが、時の経過が和らげているのか、サークルエコーを通じ同じ境遇の人も沢山いることを知ったためか前へ進まなければという気持ちが出てきているのも感じている。一度しかない人生、障害はあっても希望は捨てず精一杯やらなければと思っている。

ご支援ありがとうございます!!!

今年度も賛助会員へのご協力、宜しくお願いします

年会費 (4月〜3月)

:  1口  2,000円            

郵便振替

:  00180−0−546112   サークルエコー

 

新会員から・・・

 平成7年1月6日(娘20歳の時)、友達と日帰りのスキーに行ったその夜、喘息発作を起こし、病院に連れて行く途中で、心肺停止になり、1年半の入院の後、自宅で介護が始まりました。低酸素の後遺症で、全身麻痺、四肢機能障害、記憶障害、知的障害、言語障害など、本当に寝たきりの状態でした。当初はその現実をなかなか受け入れられず、主人も、娘と心中まで考えていたと話してくれました。2年前から、声が少しずつ出るようになり、現在は、コミュニケーションもとれるようになってきました。サークルエコーを知って、自分達よりももっと大変な方も居られるのだと思い、一員に加えていただき、共に頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。 (母、秋永明子)

 昨年の11月21日、当時57歳の母が、急性心筋梗塞で運ばれ、40分間にも及ぶ心肺停止の後、一命は取り留めましたが、このままずっと植物状態かもしれないと思われました。その後、少しずつ反応が出てきて、声が出るようにまでなりましたが、低酸素脳症による障害は重く、現在も体は全く動かず、声は出るといっても意識ははっきりせず、私のこともわかっているのかどうか・・・。
 不安と疲労がたまり、ひとりで悩むのが辛くて、思い切ってサークルエコーにメールをしました。エコーの方は皆、あたたかく、そして明るく受け入れてくれて、人には言えなかったことも話せて、気持ちがすごく楽になりました。これからもよろしくお願いします。 (生田目 陽子)

 

4〜6月のエコー行事予定

 

えこーたいむ   4/19、 5/3、 17、 6/7、 21

○多摩エコー  随時  ○ナノ  随時  ○フレンズハウス(瀬戸市) 毎週(月)、第1, 3(金)、第4(土)

 

 サークルエコー 連絡先 

 

田辺 和子

201-0013 東京都狛江市元和泉2-7-1

TEL/FAX 03-3430-8937

谷口  真知子

340-0822 埼玉県八潮市大瀬1407-119

TEL/FAX  0489-95-5784

豊田  幸子

489-0987  愛知県瀬戸市西山町1-60-20

TEL/FAX  0561-82-1498

                                                                                        

☆ホームページ☆  

 

サークルエコー

 

http://www.CIRCLE-ECHO.COM

会員・正幸の父      

http://www5b.biglobe.ne.jp/^Masa-Ta/indexhtmi.htm

 

<編集後記> 

この戦争はいつまで続き、どれだけの予算と命が消えていくのでしょう。一つの命の重さを思わずにはいられません…

(村田道子)

桜の季節がやってきました。今を生きることでせいいっぱいの人達が世界にたくさんいる中で、当たり前のように季節を楽しめる事、実はとっても幸せなことだったんですね…。                             (田邊健一郎・明希子)

 

サークルエコー事務局   〒201-0013  東京都狛江市元和泉2−7−1   田辺方   TEL/FAX  03-3430-8937