高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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会報第9号(2002年4月号)
武田大介さんの卒業論文より抜粋
 日本社会事業大学社会福祉学部福祉援助学科障害福祉コース学生でいらした武田大介さんが、昨年12月、「高次脳機能障害者の現状と社会福祉領域における課題」という卒業論文を完成されました。この卒論を執筆されるに当たり武田さんは”えこーたいむ”にも参加され、高次脳機能障害者であるエコーの若者達と直接触れ合ってくださいました。論文の中ではサークルエコーについても言及しておられますが、紙面の都合上、全32ページの論文の中から一部抜粋してご紹介させていただきます。また武田さんは今春より新社会人として福祉関係の事に就かれました。
[第二章 高次脳機能障害(者)に関する現状・第4節 厚生労働省の動き・これまでの動き]
 平成8年2月の国会厚生委員会にて、”成人後知的障害”として事例に関してどのような処遇がされるのか質問されており、国レベルでの動きとしては初めてのようである。このときすでに”制度の谷間”という言葉も使われている。その後も、国民福祉委員会、予算委員会などで、高次脳機能障害・頭部外傷・脳外傷などとして取り上げられている。平成8・9年度に厚生科学研究「若年痴呆に関する研究」が行われ、平成12年度には労働省が高次脳機能障害者の職場復帰プログラムモデル事業を地域で開始、平成13年度からは厚生労働省による高次脳機能障害支援モデル事業が開始されている。
[第三章 高次脳機能障害(者)に関する問題点と課題・第1節 現状に関しての考察・医療と福祉の谷間]
 高次脳機能障害者は”医療と福祉の谷間”にあると言われる。高次脳機能障害者は、その多くが救命治療を受け、意識不明という状態から脱し、ようやく生命の危機から脱したかと思うと、治療の済んだ人として、退院を迫られる。リハビリテーション病院でも入院期間2、3ヶ月をめどに退院となってしまうので、退院を考えるにあたって、利用できる地域の社会資源を探すが、資源が乏しい。転院を繰り返す人もいる一方(「脳損傷者とその家族の困難に関する研究」では平均1.7回、最高は9回)、リハビリテーション病院から治療の対象でないと断られるということもあるという。
 リハビリテーションに関しても、高次脳機能障害者への対応に必要な臨床心理や言語治療などのサービスが診療報酬制度の対象外であり、多くの患者に対応しきれていない現状である。医療・リハビリテーションから福祉へ、病院から地域・在宅へという流れが、福祉の受け皿がないということで、谷間となってしまっているのである。
[同 ・介護負担]
 高次脳機能障害者が利用できる有効な資源がないとなると、同居している家族がその役割を果たすこととなる。事実、各種調査報告でも在宅の割合が多いにもかかわらず、就労や福祉サービスの利用は少なくなっており、家族が介護者となっている。介護の内容も身体的な介護負担よりも精神的な介護負担、見守りや声かけ・指導等となっており、調査報告でも介護者の精神的にストレスを感じる割合も高い値を示していた。障害者の介護に対する精神的負担だけでなく、障害者の将来への生活への不安や経済的な問題など多くの問題を家族が抱える状況になっている。
[同・第2節 社会福祉領域における課題・障害の認定]
 現在の障害者福祉法では、3障害種別ごとの縦割りになっており、明確に高次脳機能障害についての認定が行われない状態が、サービスの利用などへ影響を及ぼしていると考えられる。現在は精神保健福祉法のもとで各種施設やサービスを利用できることにはなっているが、利用に結びついていない。さらに、精神障害者と高次脳機能障害者とでは障害像が違いすぎるという指摘もある。・・・中略・・・根本的な問題として、現在の障害者福祉制度、手帳制度、特に身体障害の等級が機能障害重視であることなどから、障害者総合福祉法や総合福祉法を創設すべきであるという意見がある。
 佐藤久男は、障害者総合福祉法が求められる背景として、福祉サービスの変化(機能障害の治療や訓練だけでなくサポートや環境の改善、共通して利用できるサービスなど)、地方分権化や施設福祉から在宅福祉へのサービスの重点の変化、高次脳機能障害や慢性身体疾患など多様な障害像に対応できる柔軟性をもった法制度への要求をあげている。また、JD(日本障害者協議会)は「高次脳機能障害者や難病をはじめとする多くの『谷間』の障害を無くす必要」があることなどから、障害者福祉法の試案を作っている。将来的には障害者総合福祉法のような、生活の障害への視点を持ち、柔軟に対応できる制度の創設が望ましいが、高次脳機能障害者とその家族は現時点で利用できるサービスを求めていることから、現行法においての障害認定とそれに伴って対応施設の質・量の確保が当面の課題であろう。
<武田大介さんよりサークルエコー会報にコメントを頂きました>
 このたびは卒業論文の作成にあたりご協力頂きありがとうございました。なんとか〆切までに書き上げたというだけの、論文というには恥ずかしい内容ではありますが、こうして掲載いただけることを非常に光栄に思います。この卒論では、自分自身の学習とともに「よくわからない」高次脳機能障害の整理を試みるため、高次脳機能障害を全体的にとりあげました。書き上げてみて(高次脳機能障害について学習するにつれて)、やはり低酸素脳症による高次脳機能障害に関する情報の少なさや、その障害の重度傾向があることを改めて認識し、低酸素脳症の重度さを明らかにするような研究内容でとりあげるというのも、興味深い内容になったのではないかと、今は思っています。
 今後も、高次脳機能障害への関心を持ちつづけつつ、エコーの皆さんから教えていただいたことを今春からの仕事に活かしていきたいと思います。
武田 大介
ナノエコー発足だより
 ここ数年、高次脳機能障害に対する行政の動きも活発になり全国各地で脳外傷団体、高次脳機能障害者関係団体の立ち上げ家族会も数多く見られるようになってきました。シンポジウム、講演会も数多く開かれるようになり、国行政の動きにも以前と違う手ごたえを感じることも度々です。一歩一歩の働きかけが、少しずつ成果を見せ始めるときが来るのではないかと思います。けれども、今現在、生活の場において、制度の狭間に落ち、行き場のない高次脳機能障害者が数多くいます。ために家族が当事者を見るという日々が続いております。家族の形態も変化があり、限界があるのではないか、という不安を抱えつづけての介護を続けてまいりました。将来の恒久的な場につなげるため、場所を持ちたいという思いがずっとありました。今回、足立区大谷田に、励ましつづけ支援して頂いているT.Y氏のご好意で2年間無償で場所を提供していただきました。夢を形にするための第一歩だと、迷うことなくご好意に甘えさせていただきました。突然の事故や病気で、ある日、すべての生活が根底からくつがえされました。当事者は同世代の若者が持つごくあたりまえの夢さえ断ち切られました。家族は絶望感、喪失感に襲われ、うちのめされた日々をおくりました。けれども、時の経過とたくさんの方々に励まされ、少しずつ前を見て歩いていきたいと思えるようになりました。家族の愛情が大前提という危うい日々の中で暮らしている、素敵な若者達の生活を困難であっても将来につなげたいという思いが強くあります。将来への準備のために2年間を大切に過ごし、支援者の方の輪を広げていければと思います。
ナノエコー 谷口眞知子
フジTV取材のこと・・・(4月下旬放送予定)
 フジTV、スーパーニュースの取材を受けました。事前に製作者の瀬古さんより映像で試みたいと思われる作業については視聴者の方に最も分かりやすく伝わることができると思い了承しました。

 ・年度、日時、年齢への質問
 ・食事のメニューの記憶
 ・ドミノを使って同じ物を作る作業
 ・絵本を読み、内容の把握と理解する力 等

 家族の中では今まで何度も繰り返してきたことですが、あらためて受傷して以後、大きな変化のなさに障害の深さを感じることになりました。高次脳機能障害を持った人たちは程度の差はあれ、カメラに映し出し、目から見ることによって脳に損傷を受けていることがより分かりやすく伝わるのではないかと思います。日々の生活については、息子のパートナーのメル(犬)とのかかわりあいやふれあい、息子が、充分な支援を受けられず住宅で過ごしている様子、現在の一番大きな心配である将来への不安など。人以外、補佐する器具のない高次脳機能障害者の生活面の困難さが映像によって分かりやすく、多くの方々に知ってもらえるきっかけになれば...と思います。(ま) 
ある日のメーリングリストから
* 明日から22日まで、夫とスペイン、ポルトガル旅行に行ってきます。なんとか出発できそうです。というのは、提出書類の書き込みや、いろいろ打ち合わせがあり、それでちょっと疲れてしまいました。今日も午前中、あっちに顔出し、こっちに顔出しして、やっとこれから我が家のことです。「ぶらりと寅さんみたいに」のつもりだったのに、あんなこんなで、「ついに決行」みたいな気分になってしまいました。それぞれ頑張っていらっしゃる皆さん、申し訳ないけどちょっとばかり外の空気を吸ってきま〜〜す!!(か)

* みなさん ただいま。22日夕方、無事帰ってきました。のんびりの南欧の旅のつもりでしたが、初日、リスボンに荷物が着かなかったのをはじめ(翌日夕方、ホテルに届きました)トラブル続きでした。とはいえ、非日常の10日間を送れたことはやはり良かったと思います。息子は、兄、姉と共に、うれしそうに玄関に出迎えてくれました。(か)

* 3ヶ月間別に暮らしていたのが良かったのでしょうか、自立心が出てきたようです。症状も安定しています。相変わらず、小さな痙攣(顔面麻痺)はありますので、見守りは必要です。心配していた自分自身の体調ですが、やはり精神的なストレスはあります。(痙攣発作があると何日か暮らしてきた記憶が、成果が、ダメになってしまいます。それが、とても残念で、くやしくて。)昨日は、食べたものが腸にも流れず、嘔吐もできずにとても苦しみました。落ち込んでしまいます。そんな時は、皆さんから頂いているメールを読み返します。みんなが頑張っている姿、暖かい励ましの言葉を見かえして、また、頑張ろうという意欲を持ちます。(し)

* 先週は田辺ご夫妻にすっかりお世話になりエコータイムに参加することができました。なんだか渋谷----というだけで気弱な私で高速に乗ってるくせにと笑われそうですが・・・4月は春休みですので様子を見て参加の連絡させていただきます。お花見も今月がピークそうな関東です。昨年はそれこそ桜を見上げることもないような1年で、今年は家族で桜を見れるのがうれしいです。(え)
神奈川リハビリ病院との出会い
 昨年1月、川崎にもめずらしく雪が積もり早々に雪かきを済ませ、PCに向かい息子達の写真を取り込んでいた主人。突然の胸痛を訴え、救急車で急変。急性心筋梗塞でした。まったく動かなくなった主人を呼びつづけた長い一日を忘れることはできません。それから本当に日々の回復があり、ただ高次脳機能障害というなんだか耳にしたことのない障害が残りました。一般病棟に移るとベットから降りてしまう危険から抑制が始まりました。仕方のないものだと思うものの、その光景は私には耐えられないものでした。少しでも長くベルトが外れるようにと毎日通いました。主人はすべての医療行為を拒否するようになりました。医療の意味を理解できない主人にはいろんなことが不安で恐かったんだと思います。抵抗には噛み付いたり、大声をあげたりしました。そんな状態の中、3ヶ月待ってようやくベットが空き転院となりました。けれどリハビリは成り立たない、こんな状態ならば精神の病院に移ったほうがよいと一日半の入院でした。私は何よりも家族を守ってくれた主人がどうしてと諦める事ができませんでした。そんな時ネットで神奈川リハビリ病院のことを知ったのです。友人が情報を集めてくれました。入院先がもうどこにも無いという状態でしたが、これで最後という気持ちで予約をとりお話を聞いて頂くことが出来たのです。入院許可が出ました。夢のようでした。主治医の先生をはじめOT、PT、心理、言語の先生方、ソーシャルワーカーさん、そして病棟の看護婦さんの対応が素晴らしく温かいものでした。何より入院日から抑制はなかったのです。問題行動と捉える部分を主人の気持ちになって対応してくださいました。予定2ヶ月の入院が半年となり、主人に変化が見られました。笑顔が戻ったのです。現在私の母、なかなか頼りになる息子との介護が始まりました。母には本当に苦労をかけてしまいました。でもいつも笑って一緒にいてくれています。友人、姉、妹もいつも励ましてくれました。エコーという素晴らしい方々との出会いもありました。現在精神のデイサービスにもスタッフの方々の理解を得て週二回通わせて頂いています。リハにも週一回通っています。退院後のケアも本当に感謝してやみません。もちろん在宅では意思疎通が困難である38歳という年齢の男性を動かすことが容易でなく、日常生活全てにおいて介助、24時間見守りが必要である介護はいろんな問題が日常起こりますが、今は今出来ることをゆっくりやっていこうと思います。高次脳機能障害者、家族が安心して暮らせるときがきますようにと二人の息子のためにも切に願います。
塚下 枝利花