高次脳機能障害を考える
サークルエコー
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会報第7号(2001年10月)

船橋の支援事業 その後              川崎弓子
 市の障害者介護支援サービス(ケア マネジメント)体制整備推進事業が、本格的に始まりました。が、いくつかのプロセスを踏むのに時間がかかりました。ケア会議が開催されたのは、H12年11月下旬でした。出席メンバーは、千葉市障害者相談センター所長、市障害福祉課長と担当の方々、市福祉サービス公社の方々、千葉県福祉援護会施設長、ちば高次脳機能障害者と家族の会代表、介護者である私の14名でした。 37才となった息子の、社会参加と自立支援。そして住み慣れた地域における生活の継続。更に私の支援負担の軽減等、約2時間、総合的な援助計画について検討されました。そして最後に千葉市障害者相談センター所長が次のような言葉を添えて下さいました。
 「この新しい障害に対する生活支援を、前向きに考えて頂きたい。お母さんの願いは、こんなにも細やかで、こんなにもつましいものです。是非望みを適えてあげて下さい。」目頭が熱くなるような一言でした。12月、週間ケア計画が決定しました。

デイサービス(身障者療護施設)     

1回

プール付き添い          

1回

散歩介助・話し相手  

2回

ショートステイ   

不定期

 サービス提供が始まったのは、年の明けたH13年1月でした。デイサービスを引き受けて下さったのは、身体障害者療護施設「誠光園」でした。親子で数回参加して体験させていただきました。新しい障害ということで、幾つかの工夫をして下さいました。スナップ写真を撮り、デイサービス担当者以外の職員にも知っていただけるよう、各部署に配布しました。そして広い園内での、徘徊による事故防止の為にも写真は使われました。又外出を知らせるセンサーを持たせる、ドアにベルを付ける等、若い職員が若い感覚で対応を考えて下さいました。新しい施設で息子が居場所に不安を感じないように、家庭で「誠光園」の話題を多くしたり、魔法の手紙を持たせる等工夫をしました。「有難う、が俺の活力になる」とつぶやいた息子です。本人の出来る事で何か手伝いをさせて頂きたいというお願いもしました。
 そして数ヶ月が過ぎた頃から、息子に少し変化が表われ始めました。重い記憶・遂行障害を背負って8年。不安と戸惑いの日々の中で、かつての友人、家族以外に心を許し信頼を持って接する事のなかった息子が、若い職員を兄貴、絵理姉、と呼ぶようになったのです。「川崎さん、車椅子を押して下さいね」と頼む職員。そして自分の役割のごとく、これ又さりげなく押す息子(勿論、職員の見守る範囲ですが)。新しい障害を受入れ「見守る」という姿勢、若者同士、職員との間は自然体で、息子の顔には緊張感は見られませんでした。ヘルパーとの散歩も、若者同士、スムーズに始まりました。ヘルパーを「すーさん」とニックネームで呼び、時間が待ちきれず門まで出迎え、ピースサインで挨拶。ゆっくりと、いつもの散歩コースを出かけます。車、音楽、スポーツ等共通の話題の会話がある様です。途中でビデオを見ながら休憩をとり、3時間程で帰宅します。親子では得られない、心地よい刺激を受けている事が、息子の様子から感じられます。爽やかで穏やかな時間が、息子の周りに流れ始めたようです。
8月上旬、6ヶ月後のモニタリングと2回目のケア会議が開催されました。介護者である私から、生活にリズムが出来、めりはりのある日々が過ごせるようになった事、そして息子の心の変化等について話をしました。未だ実施されていないショートステイ利用の実現、本人の気分転換と体調維持の為のプール利用(季節に応じた外出支援)を再度お願いいたしました。
8月下旬、次のような回答を頂きました。
○親子で1泊2日の体験ショートステイを試みる(2回)・身体障害者療護施設「誠光園」
○地域社協等を通じてプールの支援者を求める
○総合的な援助の方針としてデイサービスの回数を増やす事により、他者と触れ合う機会を多くする
○公的支援だけでなく、ボランティアなど幅広く社会資源を活用して行く
家族以外の人々との交流が多くなり、エピソード記憶が少しずつ出来るようになった感じがします。私自身も緊張感から解放されるひとときが持てるようになった事など感謝いたしております。
   今年度、千葉県ではこの障害の支援事業に2000万円の予算をつけました。就労・復学を目指す人から、息子のように、24時間の見守りと、社会適応訓練を必要とする者まで、障害の差は大きいのです。より多くの生活支援を願っている息子です。医療と福祉の狭間に落ち、しかもセルフケア・マネジメントが出来ない息子に代って、行政に社会に、更に声を上げていきます。又、谷間に落ちるのは、ごめんです。

  

障害認定など早急な施策を  坂口厚労相に要望
(日本脳外傷友の会) 

 9月7日午前、日本脳外傷友の会(東川悦子会長)と各地の友の会代表らは、脳外傷などによる高次脳機能障害者に対する支援を求める陳情のため、厚生労働省を訪れ坂口厚生労働相と会談を行いました。参議院議員4名も同席しました。東川会長は、要望書を渡し
     @身体障害手帳の交付 
     A就労・生活支援システムの確立
     B研究・実践対策の充実と専門家の養成 
     C交通事故防止対策
     D教育機関との連携…などを訴えました。
 坂口厚労相は、「要望は理解できる。優先順位を検討し可能なものから実施していきたい」と答えました。サークルエコー代表・田辺和子が同行しました。(か)

若年痴呆家族会が発足 
9月23日、若年痴呆家族会の発足会に、エコーから、田辺、谷口、西田が出席しました。
この会は、モデル事業の前身となった実態調査を踏まえて狭間に陥っている患者・家族の救済を図ることを目的とし、群馬医大宮永教授・東京女子医大比留間さんらが発起人となり立ち上げられたものです。通所リハビリ施設がないことや、身体障害手帳の対象にならないことなど、高次脳機能障害と共通している部分も多々ありました。また、症状が進行していくため、発症と同時に悪化していく姿を家族はみつめていかなくてはいけないという厳しい現実は聞いていて辛いものを感じました。
 サークルエコーから、谷口(母)が祝辞を述べ、さらに高次脳機能障害の若者たちが抱える問題についても話しました。                         
 9月はこの他、8日に大阪で開かれた「頭部外傷や病気による後遺症をもつ若者と家族の会」の6周年の集いで、滋賀エコーの山内(父)が、低酸素脳症を原因とする高次脳機能障害者の実態についてのスピーチを行い、15日、東京では、伊地山親子が、鳩山会館で衆議院議員・鳩山邦夫氏やゼミの仲間たちに障害の実態について説明しました。  (ま)・(か)
手書きで「それぞれの夏休み」

○       主人が外泊訓練の為自宅に戻ると、下の息子はパパにアピール開始。
長男はなかなか側にいこうとしないのですが、内心は弟のようにやりたくて仕方ないとお見通しです。時間がたちいつしか椅子並べ、パパを囲みテレビタイムです。
去年と全く違う夏休み。それでも息子達の笑顔が変わらなく、ありがとうを言いたい夏でした!(塚下)
○ こだわりが強くなり、旅行は無理でした。でも、家の中では おだやか、ハッピー。
  親子でゴロゴロ、毎晩飲み会。みんなで肥った夏でした。(田辺)

○ 息子は2〜3週間の検査入院のはずが、2ヶ月近くでやっと退院した。
  病棟を出れば戻ってこられない。 日常生活もひとりで出来そうで出来ないので母親の24時間介護は同じだった。
  あぁ 疲れた。 (山内)
○ 今年の夏は、家族で上高地に行ってきました。
   貴子が明神池に行きたいと言ったので、車椅子で行くことに。
   3キロと書いてあったので、近いと思ったのですが、山道の3キロは大変でした。(丹羽)

「フレンズ・ハウス」を開所しました 
中日新聞に掲載の9月14日付け記事抜粋

作品展やバザー通じて地域と触れ合う生活を

高次脳機能障害者のの施設 あす瀬戸に開所

 地域との触れ合いの中で、障害者の自立した生活をはぐくむ、高次脳機能障害者と家族らのグループ・サークルフレンズ(豊田幸子代表)の「フレンズハウス」が15日、瀬戸市内にオープンする。
 同グループは、同市や長久手町、知多市の20代から40歳代の障害者五人と家族、支援者らで昨年結成された。
 高次脳機能障害は、交通事故や病気などで脳を損傷し、記憶障害や失語症、気力低下などの症状を伴う。外見では分りにくいため周囲の理解を得にくく、身体障害は、軽いとして身障者手帳などの交付が受けられないことも多い。
 このため福祉サービスも受けられず、社会でお行き場がないまま、家に閉じこもりがちになりやすい。グループでは、互いに支え合い、自立や生活支援を目指した活動に取り組んでいる。
 その拠点が「フレンズハウス」で、持ち主の好意により無償で借りた住宅の空き地に開設、5LDKのスペースを生かし、今後、障害者や支援者らによるミニアートなどの作品展、アメリカンフラワーの無料体験教室、不用品バザーなどを幅広く繰り広げていく。
豊田代表は、「障害者や家族は、仲間と一緒に話し合える場があるだけで救われる。地域のみなさんとも交流し、開かれたサロンにしていきたい」と話している。
 問い合わせ先は、豊田さん方=電0561(82)1498=へ
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 お陰様で、3日間(9月15日〜17日)の開所記念行事には300名以上の方々が来て下さり、目の回る忙しさにスタッフ一同感謝感謝!遠くは滋賀県から「サークルエコー」のメンバー山内さん一家が来て下さったり、脳外傷友の会「みずほ」の皆様、名古屋市総合リハの先生方、地域医療・福祉関係者、とりわけこの地区の町内会長さんの協力で地域住民の方々が大勢来て下さり、中には進んでお手伝いをして下さる方もあり、感激しました。この事は私達の目指す「フレンズ・ハウス」の姿と重なり、とても嬉しいことでした。
   「サークルエコー」の皆さま、お力添え有り難う御座いました。「サークル・フレンズ」は、これからも皆さまを心の支えに頑張ってまいります。今後共宜しくお願い致します。
                             「サークル・フレンズ」豊田 幸子

希望 生きがいを求めて             豊田 烈                       
 8年前の5月7日(土)夕方、娘の通っているスイミングスクールから電話があり、私がとると「娘さんが溺れて救急車で病院へ運ばれました。」との連絡を受ける。私は『少し水でも飲んだのかな?』と思いながら病院へ妻と駆けつける。救急隊の人から「心肺停止、呼吸停止、瞳孔が開いていました。」と聞きゾッとする。妻は、その場で放心状態になる。私は先月、友人達と北欧旅行をし、楽しい思い出の余韻が残っている矢先の事であり、まさに「天国と地獄」を一度に味わった気分であった。
 娘の意識が戻ったのは、事故後3週間目であったが、毎日夜間も含め、家族と親族の助けを借り、手足のマッサージを続けた。私は特に夜間付き添いを行ったが、妻や息子との交代も含め、感じたことは「妻が倒れたら私も倒れ、息子も会社を継続できなくなる。一家が崩壊する!家族は生活の原点なのだ。それなら私が会社を辞めて、家族を守ろう!」ということだった。そんな心境の中で、会社を休む日も多くなった。娘が退院したのは、事故後2ヶ月あまり経過していた。当時、脳に相当なダメージを受けているのが判っていたが、どんなリハビリをやったら良いか分らず、とにかく脳に刺激を与えることが大切ではないかと思い、休日にはドライブに出かけたり、脳のメカニズムのVTRや書物を買い込み、読み漁った。解ったことは「人間の脳細胞は一生に3%程度しか使わないこと、ダメージを受けた脳細胞の機能を、別の脳細胞が代替し始めること。そのためには訓練が必要である。」ということだった。西部浜松医療センターの金子先生や、他の多くの先生から言語療法、作業療法、運動療法等を受け、私達家族は《家族愛》を基本にした、あらゆる生活療法、楽しみ療法を行うことが大切だと教わり、今日まで続けている。
 私は「娘にとって最もよい生活環境、刺激は何であろうか?」といつも思っている。土、日曜日は妻にとって娘の介護から解放される日、とりわけ「精神的な疲れを癒す日」であり、私にとって「娘とデートする日」である。私は娘の調子にもよるが、たいていの場合、娘を遠出のドライブに連れて行くのである。娘は今でもそうであるが、騒音障害のため静かなところを好む。愛知県、岐阜県は、山や森や川が多く、東海自然歩道も近くにありドライブには適した地域である。静かなところで二人で持参したおにぎりを食べながら会話し、付近を散策し、春は草花をつみ、秋は木の実や落ち葉を拾う。ここ1.2年は娘が知っている歌や童謡を一緒に歌いながら歩くことが多い。写真を撮ることも多くなった。私は「娘とのデート」は何よりのストレス解消の場であり、一番幸せを感じる時であり、楽しい時間である。自然は、人間にとって「絶大な治癒力を持っている」と、いつも感じている。
事故後3年を経過した頃から、地域の人や病院の先生達に支えられて、娘が少しづつ良くなっていくのを見て、「私のこれからの人生を娘が示唆してくれているのではないか?」と思うようになった。4年前に勤務先の会社が「少子高齢社会」を見据えて、「シルバー事業」に参入することを決定した。福祉に近いビジネスである。公募で「介護型優良老人ホーム」の立ち上げ、運営の責任者を募ることを内々の情報で知り、立候補しても良いか妻と相談する。単身で大阪に勤務することになるが、妻一人で娘の介護が頑張れるか不安だった。その際、持ち家を建て替え、息子夫婦も同居させる二世帯住宅を考えた。家族の同意は一ヶ月でとれた。慌てて家の仕様決めや金策をし、新築引渡しを受けた翌月に大阪に単身赴任した。妻と相談してから一年弱での転身であった。会社でのシルバー事業を通じて社会福祉協議会、社会福祉法人の世界を知り、厚生労働省の政策等も一通り学ぶ機会を得た。
昨年「サークルエコー」に妻が出会い、愛知県内の同様な家族と一緒に活動を始めた。愛知エコーの仲間との交流が広がりつつある昨今、私も来年10月の会社定年を機に、瀬戸市に戻り、地域社会と共に歩む障害者とその家族の一員として、第二の人生をスタートさせたいと思っている。

MLで エコーがつながった!! 
エコー内の連絡網としてML(メーリングリスト)を登録しました。MLは、登録したメンバー同志のメールをインターネットで共有するもの。この事により、全体への連絡はもちろん、悩みの相談、ちょこちょこ話など、各地に分散しているメンバー同志の交流がさらに深まっています。全員というところがすばらしいと、自画自賛のサークルエコーです。(か)


サークルエコー 連絡先

 

田辺 和子

〒201-0013 東京都狛江市元和泉2-7-1 

TEL/FAX 03-3430-8937

谷口真知子

〒340-0822 埼玉県八潮市大瀬1407-119     

TEL/FAX 0489-95-5784  

豊田 幸子

〒489-0987 愛知県瀬戸市西山町1-60-20    

TEL/FAX 0561-82-1498

☆ホームページ☆  
サークルエコー http://www.circle-echo.com/
正幸の父    http://www5b.biglobe.ne.jp/~Masa-Ta/indexhtml.htm
■. 今年度も賛助会員へのご協力、宜しくお願いします。 
       年会費(4月〜3月) :  1口  2,000円
       郵便振替 :  00180−0−546112   サークルエコー

9月5日、サークルエコーの活動に対して、日本統計調査株式会社様より「jsr社会貢献制度による支援金」8万円が、贈呈されました。日本統計調査株式会社並びに、ご推薦いただいた磯部孝子様(賛助会員)に感謝申し上げます。


 発行 :2001・10・1 サークルエコー事務局
 〒201-0013 東京都狛江市元和泉2−7−1 田辺方